真鍮の評決[上・下]/マイクル・コナリー(講談社文庫)

ごく一部の作品を除けばマイクル・コナリーの作品は主要な登場人物を介して繋がり、一大サーガのようなものを形作っているが、リンカーン弁護士ことミッキー・ハラーもそんなキーパーソンの一人だ。『真鍮の評決』では、そのハラーとハリー・ボッシュとの意…

裏返しの男/フレッド・ヴァルガス(創元推理文庫)

『青チョークの男』以来ほぼ六年ぶりの翻訳紹介となるフランスの才媛フレッド・ヴァルガスの『裏返しの男』である。作者には、もうひとつ〈三聖人シリーズ〉があるが、本作は現在も書き続けられているパリ第五区警察署長アダムスベルグ警視シリーズの第二作…

果てなき路/モンテ・ヘルマン監督(2011・米)

ロジャー・コーマンに見いだされ、ニューシネマのカルト的な名作として今に伝わるロードムービー『断絶』(71)を世に送ったモンテ・ヘルマン。しかし、話題にはなったものの興行的には失敗し、その後、表の世界からフェイドアウトしたかに思われていたが(…

灼熱の魂/ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督(2010・加仏)

アカデミー賞の外国語映画賞部門にもノミネート、先頃発表された〈キネマ旬報〉の二○一一年ベストテンでは堂々のランクイン(九位)を果たしたカナダ出身のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『灼熱の魂』は、内乱の嵐が吹き荒れる中東某国を舞台にした、地獄めぐり…

羊たちの沈黙(上・下)/トマス・ハリス(新潮文庫)

たった一作がミステリの歴史を変えてしまうことがある。トマス・ハリスの『羊たちの沈黙(上・下)』(新潮文庫)もそんなひとつだ。ジョディ・フォスターが初々しい見習い捜査官を、アンソニー・ホプキンスが毒々しくハンニバル・レクター博士役を演じた映…

サラの鍵/ジル・パケ=ブレネール監督(2010・仏)

ジル・パケ=ブレネール監督の『サラの鍵』は、悪夢のような現実に翻弄されながら、それでも逞しく生き抜こうとするヒロインの姿を浮かびあがらせる。一九四二年夏のパリ、ドイツ軍の侵攻で自国の政府によるユダヤ人の一斉検挙が行われたその朝のこと、一家…

ミッション・ソング/ジョン・ル・カレ(光文社文庫)

そのままでは難しかろうと勝手に心配していた邦題が「裏切りのサーカス」に決まったという『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』の映画化。ジョン・ル・カレの読者からは非難轟々だったとも聞くが、配給会社の担当者の苦労もしのばれる命名は悪くな…

キャンバス/サンティアーゴ・バハーレス(ヴィレッジブックス)

二年前に驚きのデビュー作『螺旋』でわが国の読書界を湧かせたスペインの作家サンティアーゴ・パハーレスが帰ってきた。最新作『キャンバス』である。 天才画家のエルネストを父親に持った息子のフアン。自分も画家を志すものの挫折し、今は父の作品の管理を…

解錠師/スティーヴ・ハミルトン(ハヤカワ・ミステり)

MWAの最優秀長編賞とCWAのスチール・ダガー賞というダブルクラウンに輝いた『解錠師』の作者は、私立探偵アレックス・マクナイトのシリーズでおなじみスティーヴ・ハミルトンだが、一部同じミシガンを舞台にしているものの、こちらはノン・シリーズ作…

破壊者/ミネット・ウォルターズ(創元推理文庫)

忘れたころに作品が届けられるミネット・ウォルターズだが、同じ英国の女性作家でも、すっかり翻訳が途絶えたルース・レンデルや、新たな翻訳が望み薄なフランセス・ファイフィールドらに較べれば、まだ良い方かもしれない。四年半ぶりの『破壊者』は、刊行…

フェア・ゲーム/ダグ・リーマン(2010・米唖)

ホワイトハウスを牛耳る大統領の側近たちが、マスコミを通じてひとりのCIAエージェントの身分を世間に晒すというとんでもない愚挙に出た、世にいうプレイム事件。この二十一世紀初頭、実際に起きたスキャンダルに取材したのが、『フェア・ゲーム』である。…

ワンダーランドの悪意/ニコラス・ブレイク(論創社)

昨年、ルイス・キャロルが遺した二つのアリスの物語に大胆な脚色を施したティム・バートンの映画「アリス・イン・ワンダーランド」が話題になったが、ニコラス・ブレイクの『ワンダーランドの悪夢』もやはりキャロルの原典を下敷きにした名作として、昔から広…

スウィッチ/フレデリック・シェンデルフェール(2011・仏)

以前映画も大ヒットした『クリムゾン・リバー』(創元推理文庫)の作者ジャン=クリストフ・グランジェが共同脚本(製作も)に加わった『スウィッチ』は、いかにもフランス・ミステリらしい出だしから始まる。互いの住居交換を支援するサイトを利用して、モン…

希望の記憶/ウィリアム・K・クルーガー(講談社文庫)

ウィリアム・K・クルーガーの『希望の記憶』は、先に刊行されている『闇の記憶』と密接な繋がりを持つ後日談である。前作の尻切れトンボだった結末にもやもやした思いを抱き、本作を待ちわびていた読者も多いに違いない。 保安官の職に返り咲いたものの厄介…

ミッション:8ミニッツ/ダンカン・ジョーンズ監督(2011・米)

SF映画だとは判っていても、「このラスト、映画通ほどダマされる」というあざといコピーを見せられては素通りできないダンカン・ジョーンズの『ミッション:8ミニッツ』。デヴィッド・ボウイの息子という重圧を跳ね返して成功を収めた『月に囚われた男』に続…

特捜部Q-キジ殺し-/ユッシ・エーズラ・オールスン(ハヤカワ・ミステリ)

ユッシ・エーズラ・オールスンの『特捜部Q-キジ殺し-』は、カール警部補とアシスタントのアサドという凸凹コンビでスタートしたシリーズの第二作。本作では、コペンハーゲン警察が誇る未解決重大事件担当部署に、さらに癖のある新人女性がスタッフに加わる。…

ミスター・クラリネット/ニック・ストーン(RHブックス・プラス)

『ミスター・クラリネット』は、CWAから〈イアン・フレミング・スチールダガー賞〉を授けられた英国作家ニック・ストーンの幸運なデビュー作だ。 破格の報酬で引受けた人捜しは、二年前に姿を消した幼い少年を連れ戻す仕事だった。元私立探偵のマックス・…

背後の足音/ヘニング・マンケル(創元推理文庫)

夏至の前夜に行方が知れなくなった若者たちは、どこへ消えたのか? 見過ごされかけた事件を調べることになったヴァランダーを、不意打ちのように部下の死が襲う。しかも生前その部下は、若者たちの事件を密かに追っていたことが明らかになる。 常軌を逸した…

リアル・スティール/リチャード・マシスン(ハヤカワ文庫NV)

「アイ・アム・レジェンド」、「運命のボタン」と、依然映画の原作人気も衰えないリチャード・マシスンだが、前々から噂のあった「四角い墓場」もスピルバーグのドリームワークスにより映画化され、日本でも正月映画として公開された。それに合わせて、映画…

ウィンターズ・ボーン/デブラ・グラニック監督(米・2010)

デブラ・グラニック監督の『ウィンターズ・ボーン』から、多くの人が思い出すのはやはり女性監督の手になる『フローズン・リバー』(2008)だろう。インディペンデント系の映画祭としてはおそらくは世界最大級のサンダンス映画祭でグランプリに輝いたと…

ローラ・フェイとの最後の会話/トマス・H・クック(ハヤカワ・ミステリ)

トマス・H・クックの作品は秋という季節がよく似合う。ベストテンの季節とも関係があるのだろうが、今年もこの時期にクックの新作が届けられたのが嬉しい。『ローラ・フェイとの最後の会話』は、二○一○年の新作で、〈ハヤカワ・ミステリ〉に移籍して(?)…

2011年のミステリ映画悪魔の一ダース

毎年元旦に届けられる日本推理作家協会報に書いた昨年のミステリ映画ベストテンはこれ。3作もはみ出してますが…。原稿書いた時点で観てたらきっと入れた『サラの鍵』と、見逃して気になっている『レイン・オブ・アサシン』が心残り。 ゴーストライター ファ…

夜を希う/マイクル・コリータ

マイクル・コナリーやトム・フランクリンらに栄誉を授け、ミステリ文学賞の名門となりつつある〈LAタイムズ最優秀ミステリ賞〉だが、マイクル・コリータの『夜を希う』(創元推理文庫)も同賞のお墨付きをもらっている。ウィスコンシンの氾濫湖地帯へとジ…

奇跡なす者たち/ジャック・ヴァンス(国書刊行会)

ジャック・ヴァンスといえば、SFの世界では数多のリスペクトを集めるカリスマ作家だが、実はミステリとの縁も浅からぬものがあって、『檻の中の人間』でエドガー賞の処女長編賞を獲っているし(本名のジョン・ホルブルック・ヴァンス名義)、エラリー・ク…

パンチョ・ビリャの罠/クレイグ・マクドナルド(集英社文庫)

義賊として、また革命の立役者として、メキシコの民衆の間では、今もその名を伝えられるパンチョ・ビリャ。最後は政敵の凶弾に倒れるが、死の三年後に墓を暴かれ、首を盗まれるという事件が起こった。犯罪小説の新鋭クレイグ・マクドナルドの『パンチョ・ビ…

スリーデイズ/ポール・ハギス監督(2010・米)

ハリウッドのリメイク依存症には毎度辟易させられるけれど、先の『モールス』(もとは『ぼくのエリ 200歳の少女』)と同様、いやそれ以上に目を瞠る再映画化となったのが、ポール・ハギス監督の『スリーデイズ』だ。オリジナルはフレッド・カヴァイエの『…

三つの秘文字/S・J・ボルトン(創元推理文庫)

ロマンティック・サスペンス系の作品を対象にしたメアリ・ヒギンズ・クラーク賞に輝くS(シャロン)・J・ボルトンは本邦初紹介となるイギリスの女性作家だが、まずはデビュー長編の『三つの秘文字』でお手並み拝見といこう。 船舶仲買人をしている夫ととも…

ブラッド・ブラザー/ジャック・カーリイ(文春文庫)

サイコロジカル・スリラーの源流をどこに求めるかをめぐっては、さまざまな見解があると思うが、現在のミステリシーンにおけるその分野の流れを決定づけた作品は、間違いなくトマス・ハリスの『羊たちの沈黙』(1988)だろう。今月の一番手となるジャッ…

シャンハイ・ムーン/S・J・ローザン(創元推理文庫)

前作『冬そして夜』でシリーズとしてひとつの頂を極めたS・J・ローザンのリディア・チン&ビル・スミスものだが、その後のシリーズ終焉を匂わせる七年にわたる長い沈黙は、読者を大いにやきもきさせた。その間、作者の胸中に浮かんでは消えたに違いない苦…

ハンナ/ジョー・ライト監督(2011・米)

スウェーデン発のバンパイア映画『ぼくのエリ 200歳の少女』(2008)をリメイクした『モールス』(2010)は、この夏に日本でも公開され大ヒットしたが、ミステリアスな少女を演じた弱冠十四歳のクロエ・グレース・モレッツの人気がその追い風とな…