サラの鍵/ジル・パケ=ブレネール監督(2010・仏)


ジル・パケ=ブレネール監督の『サラの鍵』は、悪夢のような現実に翻弄されながら、それでも逞しく生き抜こうとするヒロインの姿を浮かびあがらせる。一九四二年夏のパリ、ドイツ軍の侵攻で自国の政府によるユダヤ人の一斉検挙が行われたその朝のこと、一家四人で暮らす十歳のユダヤ人少女メリュジーヌ・マヤンス(サラ)の家にも警察が訪ねてきた。機転をきかせるつもりで彼女は幼い弟を納戸に隠し、外から鍵をかける。しかし、両親ともども収容所送りの身となった彼女は、自宅に閉じ込めてきた弟を救わねばならないという切実な思いに苛まれていく。
終戦から半世紀以上が過ぎ、自分たち一家が移り住もうとしているアパルトマンがナチス占領下に起きた悲劇的な事件の舞台であったことをパリのホロコースト記念館で知ったアメリカ人ジャーナリストのクリスティン・スコット・トーマスが物語の語り手である。幼い姉弟に何が起きたかという疑問に囚われてしまった彼女の現在の行動と、それによって明かにされていく過去の事実が並行する物語の中で、前半はサラが弟の安否を確かめるために収容所を抜け出し、命からがら自宅に帰るまで、そして後半は戦争を生き延びた少女が、心の奥底に罪を抱えたままその後の人生をどう歩んだかが、粘り強い調査により明かにされていく。サラの脱走の顛末が克明に描かれる前半もサスペンスフルで手に汗を握るが、タチアナ・ド・ロネの原作(新潮クレスト・ブックス刊)にはなかったという、サラのその後の運命を明かにしていく後半の展開に見応えがある。それを主人公ジャーナリストの生き方と共鳴しあう形で描いた脚本が実に見事だと思う。
日本推理作家協会2012年2月号]
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