相変わらずジェイソン・ステイサムと肩を並べる出演作の多さで、有り難味もインフレ気味のニコラス・ケイジだが、ベテランのロジャー・ドナルドソン監督による『ハングリー・ラビット』では、謎の自警団組織を向こうに回して、孤独な戦いを繰り広げる。妻の…
ホロコーストという悲劇を生んだナチズムの禍根は、本国ドイツの現代ミステリでも依然主題としての重さを失っていない。新鋭の女性作家ネレ・ノイハウスの『深い疵』は、冒頭アメリカ大統領の顧問まで務めたユダヤ人が射殺され、ナチス親衛隊という彼の知ら…
アルモドバルの『私が、生きる肌』を押しのけてのアカデミー賞ノミネートが話題になったアグスティー・ビジャロンガ監督の『ブラック・ブレッド』は、フランコ政権による弾圧下にあった一九四○年代のカタローニャ地方を舞台にしている。少年は、ある日森の奥…
かつてレン・デイトン(『SS-GB』)が、最近ではジョー・ウォルトン(ファージング三部作)が大胆な改変を試みた第二次世界大戦を挟んだ激動の歴史に、さらなる企みをもって挑んだフィクションが登場した。第三十二代アメリカ合衆国大統領のルーズベルト…
イランの映画監督アスガー・ファルハディには、先にミステリ的な手法が効果的だった『彼女が消えた浜辺』があったが、アカデミー賞の外国語映画賞に輝いた『別離』は、前作を上回る出来映えといっていい。首都テヘランのアパートで暮らすペイマン・モアディ…
孔枝泳(コン・ジヨン)は、辻仁成とのコラボレーション作品もある韓国の女性作家だ。若かりし頃には労働運動にも身を投じたこともある彼女の『トガニ 幼き瞳の告発』は、二○○五年韓国南部の都市光州で起きた聴覚障害者特殊学校における虐待事件とその後の裁…
警察ミステリの本場英米に対して、北欧は名シリーズ〈マルティン・ベック〉シリーズを生んだ文化圏として、聖地と呼ぶに相応しい。その命脈は二十一世紀にも引き継がれ、近年も注目すべき作品が発信され続けているが、デンマークから登場した『死せる獣-殺人…
まさに『追撃の森』(文春文庫)。今度のジェフリー・ディーヴァーは、ウィスコンシン最大の州立公園に広がる森林地帯を舞台に繰り広げられる、追う者と追われる者の物語だ。ある晩、謎の緊急通報で人里離れた湖畔の別荘に駆けつけた女性保安官補のブリンは…
CWA賞の最優秀長編部門候補にもなった前作の翻訳紹介から早く四年が経とうとしているが、コリン・コッタリルの『三十三本の歯』はインドシナ半島の東寄りに位置する国ラオスを舞台に、齢七十二を数える老検死官シリ・バイブーンが大活躍するシリーズの待…
単発の『ブルー・ヘブン』でエドガー賞に輝いているC・J・ボックスだが、デビュー作以来の読者には、ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの方に愛着をおぼえる向きもあるだろう。『裁きの曠野』は、シリーズの数えて第六作(一作未訳あり…
ディー判事(狄仁傑)といえば、ミステリの読者にはおなじみ、在日オランダ大使だったこともあるロバート・ファン・ヒューリックが七世紀の中国(唐代)を舞台に描いた連作シリーズの主人公だが、この名探偵には実在のモデルがいた。ヒューリックの小説が描…
ピーター・チャン監督の『捜査官X』だが、ドニー・イェン演じる謎めいた男が、クララ・ウェイ、ジミー・ウォングといったクンフー・スターのツワモノたちを向こうに回して堂々と渡り合っていく後半は、武任映画として息を呑む出来映えだ。しかし、ミステリ…
八年前に翻訳紹介されるや、〈このミス〉の年間ランキングにもくい込んだティエリー・ジョンケの「蜘蛛の微笑」だが、新装版の『私が、生きる肌』(ハヤカワ文庫)として再登場した。昨年、〈オール・アバウト・マイ・マザー〉でおなじみの巨匠ペドロ・アル…
右手に奇想、左手には英国流のドライなユーモア。アントニー・マンの『フランクを始末するには』は、読者を面喰わせること必至の作品集である。まずは冒頭に置かれた、相棒が赤ん坊という警官コンビが活躍する「マイロとおれ」に唖然としていただきたい。さ…
メガホンをとるのは十一年ぶりというイ・ヒョンスン監督の『青い塩』は、『殺人の追憶』で刑事役だったソン・ガンホが、今度は引退したアウトローを演じる。ヤクザの稼業から足を洗い、ソウルからプサンに移り住んだソン・ガンホの目的は、母親の故郷で食堂…
韓国では、二○○七年の法改正で殺人事件の公訴時効がそれまでの十五年から二十五年になったが、その見直しのきっかけとなったふたつの重大未解決事件があったという。そのひとつが、『殺人の追憶』(2004)でボン・ジュノが描いた華城近辺で起きた連続強…
すでに歴史ミステリ好きにはおなじみ、アイルランド出身の作家ピーター・トレメインによる〈修道女フィデルマ〉シリーズの『サクソンの司教冠』である。いきなり第五作の『蜘蛛の巣』から紹介が始まったが、シリーズ第二作にあたる本作の翻訳紹介で最初の五…
喩えるならば、人の集まるところは苦手なくせに、何かの弾みで出席の返事をしてしまい、気が重いまま顔を出したパーティのようなものだろうか。岸本佐知子編訳の『居心地の悪い部屋』は、そんなアンソロジーである。しかし、気がついてみると、居心地の悪い…
かのイアン・ランキンも折り紙をつけるというイギリスの女性作家アランナ・ナイトは、四十年以上ものキャリアを誇るベテラン作家だ。この『修道院の第二の殺人』が本邦初紹介となる。 一八七○年のエジンバラ、ひとりの罪人の絞首刑が執行された。その前日、…
先ごろ出た新訳版で『羊たちの沈黙』が若い読者を獲得していると聞くが、こちらも三十七年ぶりのリニューアルで注目されるジョン・ル・カレの『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ[新訳版]』である。アップデートされた名作の再登場に拍手を送るオー…
CWA賞の最優秀長編部門で候補にもなった前作は日本での評判もよく、その続編を待っていた読者も多かったろう。サイモン・ベケットの『骨の刻印』は、三年ぶりの再登場となる〈法人類学者デイヴィッド・ハンター〉シリーズの第二作にあたる。 ひと仕事を終…
一昨年の英国推理作家協会賞新人賞部門に輝いたライアン・デイヴィッド・ヤーンの『暴行』は、異色中の異色作といっていいだろう。一九六四年のニューヨーク。ある晩のこと、一人の若い女性がアパートメントの中庭で暴行を受け、瀕死の状態で横たわっていた…
『フローズン・リバー』や『ウィンターズ・ボーン』といった名作を輩出し、いまやミステリ映画の名門といった感もあるサンダンス映画祭だが、デヴィッド・ミショッド監督によるメルボルン発の犯罪映画『アニマル・キングダム』も同映画祭でグランプリ(ワー…
ひと頃は映像作家としてほとんど死に体という陰口まで囁かれたガイ・リッチーが見事に息を吹き返した前作。そして、この続編『シャーロック・ホームズ シャドウゲーム』では、ついにかつての勢いを取り戻した感がある。欧州の各地で起きる謎の爆破事件の裏に…
金持ちは長生き、貧乏人は短命。そんな不条理な(とばかりはいえない?)格差が支配する世界を描く『タイム』は、設定はSF(近未来というよりはパラレルワールドか)だが、随所に切れのいいサスペンスが仕掛けられている。科学技術が進み、老化や寿命とい…
饒舌で機知にとんだ語り口は、『ストリート・キッズ』以来、ドン・ウィンズロウの持ち味といっていいだろう。とはいえ、過去を振り返るとそのスタイルは必ずしも一様ではなく、出だしから軽快で乗りのいい新作『野蛮なやつら』でも、またまた新たな語りのマ…
デビュー作『水時計』の洪水迫り来るクライマックスから、一転して今度は記録的な大旱魃で幕があく第二作『火焔の鎖』。お手本はやはり彼の地を舞台にしたブッカー賞作家グレアム・スウィフトの『ウォーター・ランド』(新潮クレスト・ブックス)だろう。し…
最近では、二○一○年にヴィクター・ロダートの『マチルダの小さな宇宙』が受賞作に輝いたPEN/USA賞だが、その二年前に同賞を受賞している『ロスト・シティ・レディオ』。作者のダニエル・アラルコンはペルーに生まれ、アメリカの大学に学んだというニ…
ミステリ映画としては甘さが目立った『チェイサー』の世評の高さには怪訝な思いを抱いたものだが、ナ・ホンジンの監督第二作『哀しき獣』はいい。おそらくは前作と役どころを逆転させてのあて書きだろう、請負殺人のブローカーとして型破りの行動力を発揮す…
アメリカ人の過半数は宇宙を生み出したのはビッグバンではなく、神だと信じているという驚きのデータをネット上で見かけた。二者択一の投票サイトrrratherの一コンテンツで、データの正確性は不明だが、アメリカ国民の中に、プリミティブな価値観を持った人…