シャンハイ・ムーン/S・J・ローザン(創元推理文庫)

前作『冬そして夜』でシリーズとしてひとつの頂を極めたS・J・ローザンのリディア・チン&ビル・スミスものだが、その後のシリーズ終焉を匂わせる七年にわたる長い沈黙は、読者を大いにやきもきさせた。その間、作者の胸中に浮かんでは消えたに違いない苦悩や思惑を乗り越えて書かれたのが、このシリーズ第九作の『シャンハイ・ムーン』だろう。
先の事件以来、ビルとは音信不通。寂しさともどかしさを抱えるリディアは、知人の私立探偵ジョエルから仕事を手伝ってくれないかと頼まれる。ナチが猛威をふるう三十年代末期、ヨーロッパから命からがら上海へと逃れた姉弟が所有していたといういわくつきの宝石が、ニューヨークに不法に持ち込まれ、行方知れずになっているという。しかし間もなくジョエルは何者かに殺されてしまう。そもそもの依頼主であるスイスの女性弁護士アリスからもクビを言い渡されるリディアだが、再会したビルの協力で、幻の装身具シャンハイ・ムーンをめぐる因縁の世界へと深く踏み入っていく。
コンビ探偵が一作ごとに語り手を交替する本シリーズだが、前作がビルの最高作だったのに対し、今度はリディアにも、というのが作者の親心だろうか。その目論見は見事に実を結んでいるが、それを前作とはまた別のタイプに仕上げるあたりにローザンの手だれを感じる。過去の歴史を語る部分にやや単調さを感じないではないが、そこここに顔を出すユーモアや、最後の最後に畳み掛けてくるミステリの興趣は、前作にはほとんど見当たらなかったものだ。本作を一区切りとして、成熟を果たしたシリーズのこれからにも興味はつのる。
[ミステリマガジン2011年12月号]

シャンハイ・ムーン (創元推理文庫)

シャンハイ・ムーン (創元推理文庫)