本格

彼の個人的な運命/フレッド・ヴァルガス(創元推理文庫)

非英語圏のミステリ作家たちが脚光を浴びているが、忘れてはならない国がフランスだろう。英米を横目に、独自のミステリ観から名作の数々を生んできたこの国で、今シーンの先頭を走っているのが女性作家のフレッド・ヴァルガスである。三度にわたるCWA(…

サクソンの司教冠/ピーター・トレメイン(創元推理文庫)

すでに歴史ミステリ好きにはおなじみ、アイルランド出身の作家ピーター・トレメインによる〈修道女フィデルマ〉シリーズの『サクソンの司教冠』である。いきなり第五作の『蜘蛛の巣』から紹介が始まったが、シリーズ第二作にあたる本作の翻訳紹介で最初の五…

修道院の第二の殺人/アランナ・ナイト(創元推理文庫)

かのイアン・ランキンも折り紙をつけるというイギリスの女性作家アランナ・ナイトは、四十年以上ものキャリアを誇るベテラン作家だ。この『修道院の第二の殺人』が本邦初紹介となる。 一八七○年のエジンバラ、ひとりの罪人の絞首刑が執行された。その前日、…

骨の刻印/サイモン・ベケット(ヴィレッジブックス)

CWA賞の最優秀長編部門で候補にもなった前作は日本での評判もよく、その続編を待っていた読者も多かったろう。サイモン・ベケットの『骨の刻印』は、三年ぶりの再登場となる〈法人類学者デイヴィッド・ハンター〉シリーズの第二作にあたる。 ひと仕事を終…

火焔の鎖/ジム・ケリー(創元推理文庫)

デビュー作『水時計』の洪水迫り来るクライマックスから、一転して今度は記録的な大旱魃で幕があく第二作『火焔の鎖』。お手本はやはり彼の地を舞台にしたブッカー賞作家グレアム・スウィフトの『ウォーター・ランド』(新潮クレスト・ブックス)だろう。し…

真鍮の評決[上・下]/マイクル・コナリー(講談社文庫)

ごく一部の作品を除けばマイクル・コナリーの作品は主要な登場人物を介して繋がり、一大サーガのようなものを形作っているが、リンカーン弁護士ことミッキー・ハラーもそんなキーパーソンの一人だ。『真鍮の評決』では、そのハラーとハリー・ボッシュとの意…

裏返しの男/フレッド・ヴァルガス(創元推理文庫)

『青チョークの男』以来ほぼ六年ぶりの翻訳紹介となるフランスの才媛フレッド・ヴァルガスの『裏返しの男』である。作者には、もうひとつ〈三聖人シリーズ〉があるが、本作は現在も書き続けられているパリ第五区警察署長アダムスベルグ警視シリーズの第二作…

破壊者/ミネット・ウォルターズ(創元推理文庫)

忘れたころに作品が届けられるミネット・ウォルターズだが、同じ英国の女性作家でも、すっかり翻訳が途絶えたルース・レンデルや、新たな翻訳が望み薄なフランセス・ファイフィールドらに較べれば、まだ良い方かもしれない。四年半ぶりの『破壊者』は、刊行…

ワンダーランドの悪意/ニコラス・ブレイク(論創社)

昨年、ルイス・キャロルが遺した二つのアリスの物語に大胆な脚色を施したティム・バートンの映画「アリス・イン・ワンダーランド」が話題になったが、ニコラス・ブレイクの『ワンダーランドの悪夢』もやはりキャロルの原典を下敷きにした名作として、昔から広…

奇跡なす者たち/ジャック・ヴァンス(国書刊行会)

ジャック・ヴァンスといえば、SFの世界では数多のリスペクトを集めるカリスマ作家だが、実はミステリとの縁も浅からぬものがあって、『檻の中の人間』でエドガー賞の処女長編賞を獲っているし(本名のジョン・ホルブルック・ヴァンス名義)、エラリー・ク…

ブラッド・ブラザー/ジャック・カーリイ(文春文庫)

サイコロジカル・スリラーの源流をどこに求めるかをめぐっては、さまざまな見解があると思うが、現在のミステリシーンにおけるその分野の流れを決定づけた作品は、間違いなくトマス・ハリスの『羊たちの沈黙』(1988)だろう。今月の一番手となるジャッ…

謝罪代行社/ゾラン・ドヴェンガー(ハヤカワ・ミステリ、ハヤカワ・ミステリ文庫)

〈ミレニアム三部作〉の日本上陸は、英仏以外のヨーロッパ諸国にわが国読者の目を向けさせる大きなきっかけとなったが、話題沸騰の北欧勢に負けじと、ドイツからも気鋭の作家の登場だ。クロアチア生まれのドイツ作家ゾラン・ドヴェンカーの『謝罪代行社』で…

ピグマリオンの冷笑/ステファニー・ピントフ(ハヤカワ文庫)

エドガー賞の新人賞受賞者のステファニー・ピントフは、早くも第二作の『ピグマリオンの冷笑』が紹介されている。デビュー作の『邪悪』に引き続き、二十世紀初頭のニューヨークを舞台に、刑事のサイモン・ジールとアマチュアの犯罪学者のアリステア・シンク…

探偵稼業は運しだい/レジナルド・ヒル(PHP文芸文庫)

レジナルド・ヒルは、ちょっと前にダルジールものの『午前零時のフーガ』で、老いて益々盛んなところを日本の読者に見せつけたばかりだが、『探偵稼業は運しだい』はシリーズの最初の二作が紹介されたきり長らくご無沙汰だった私立探偵ジョー・シックススミ…

野兎を悼む春/アン・クリーヴス(創元推理文庫)

舞台のシェトランド諸島は英国の一部だし、作者のアン・クリーヴスも歴とした英国作家だ。しかし、彼女の名を広くミステリ界に知らしめた〈シェトランド四重奏(ルビ:カルテット)〉は、どこか北欧の香りを湛えている。古くよりこのスコットランド北東沖の島…

ピザマンの事件簿2 犯人捜しはつらいよ/L・T・フォークス(ヴィレッジブックス)

続編を待ちかねたL・T・フォークスの〈ピザマン〉シリーズだが、やっと『ピザマンの事件簿2 犯人捜しはつらいよ』が届けられた。酒のうえでの失敗から刑務所暮しを経験した主人公の中年男テリー。めでたく出所し、ピザの配達と大工という二束のわらじで仕…

紳士と月夜の晒し台/ジョージェット・ヘイヤー(創元推理文庫)

ジョージェット・ヘイヤーの名は、わが国でも数冊が訳されているロマンス小説の方面ではともかく、ミステリ・ファンの間では長らく語られることがなかった。しかし、昨年ほぼ時を同じくして紹介されたウォーターズの『エアーズ家の没落』とウォルトンの『英…

黄昏に眠る秋/ヨハン・テオリン(ハヤカワ・ミステリ)

舞台を固定しての春夏秋冬をめぐる連作というと、スコットランド沖に浮かぶ島々を舞台にしたアン・クリーヴスの〈シェットランド四重奏〉がすぐに思い浮かぶが、ヨハン・テオリンの『黄昏に眠る秋』はスウェーデンの南東、バルト海上のエーランド島の移り行…

悪童 エリカ&パトリック事件簿/カミラ・レックバリ(集英社文庫)

ここのところ台頭めざましい北欧の作家勢の中で、〈ミレニアム〉三部作のラーソンと肩を並べる最右翼は、間違いなくこのカミラ・レックバリだろう。彼女の〈エリカ&パトリック事件簿〉も、『悪童』でシリーズ三作目を迎える。主人公のカップル、小説家のエ…

午前零時のフーガ/レジナルド・ヒル(ハヤカワ・ミステリ)

爆破事件に巻き込まれて入院し、生死の境をさまよった『ダルジールの死』。リハビリのための海辺のクリニックで事件と遭遇する『死は万病を癒す薬』ときて、いよいよわれらがダルジール警視も第一線に完全復帰、と思いきや、日曜を月曜と間違ってしまい、警…

死角 オーバールック/マイクル・コナリー(講談社文庫)

上下巻でなかったり、邦題のつけ方が変わっていたりと、佇まいがいつもと異なるマイクル・コナリーの新作は、そもそも新聞小説という形式で書かれた作品のようだ。ウィークリー紙に合計十六回にわたって連載された事情や舞台裏については訳者あとがきに詳し…

ロードサイド・クロス/ジェフリー・ディーヴァー(文藝春秋)

来日した生のジェフリー・ディーヴァー見たさの野次馬根性で、新作のプロモーションを兼ねたトークショーを覗いてきた。観客を共作者に見立てて小説が出来るまでを語った講演も実に楽しかったが、興味深かったのは、その後の質疑応答の中で、『眠れぬイヴの…

殺す手紙/ポール・アルテ(ハヤカワ・ミステリ)

リニューアル後のポケミスには、一冊ごとに変わっていく装丁デザインの楽しみが加わったが、ポール・アルテの『殺す手紙』は、黒の色調を活かした、これまた粋な装いの一冊だ。中身が一段組みというのも、ポケミス史上初の試みだという。 物語は、第二次世界…

ブラックランズ/ベリンダ・バウアー(小学館文庫)

デビュー作でいきなり本年CWA(英国推理作家協会)賞のゴールドダガーに輝いてしまったベリンダ・バウアーだが、受賞作の『ブラックランズ』は、児童を狙った連続殺人で服役中のシリアルキラーと、被害者の家族である十二歳の少年が、手紙のやりとりを通…

愛おしい骨/キャロル・オコンネル(創元推理文庫)

看板のキャスリーン・マロリーのシリーズよりも、単発作の『クリスマスに少女は還る』で語られることの多いキャロル・オコンネルだが、もう一篇あるノンシリーズが紹介された。『愛おしい骨』は、主人公オーレン・ホッブスが、長年勤めたアメリカ合衆国陸軍…

6人の容疑者/ヴィカーズ・スワループ(武田ランダムハウスジャパン)

『ぼくと1ルピーの神様』という小説に思いあたらなくても、それを原作としてアカデミー賞に輝いた映画「スラムドッグ$ミリオネア」を知らない人はいないだろう。作者のヴィカーズ・スワループは、大阪に赴任中のインド総領事という人物だが、その第二作は付…

エアーズ家の没落/サラ・ウォーターズ(創元推理文庫)

『夜愁』で文学方面に行ってしまうのかなと思わせたサラ・ウォーターズだが、新作の『エアーズ家の没落』では、堂々とジャンル小説への帰還を果たした。第二次世界大戦直後という設定は前作とほぼ同じだが、舞台をイングランド中部の田園地帯に移して、没落…

愛書家の死/ジョン・ダニング(ハヤカワ文庫)

ジョン・ダニングの『愛書家の死』は、『死の蔵書』に幕をあけた元警官で古書店を経営するクリフォード・グリーンウェイのシリーズの数えて五作目にあたり、現時点での最新作である。 馬主としても有名だった富豪が遺した児童文学のコレクションから、何者か…

失踪家族/リウンッド・バークレイ(ヴィレッジブックス)

有名な死刑執行人の名を賞の名前に頂くアーサー・エリス賞(主催はCWCことカナダ推理作家協会)でおなじみのカナダのミステリ界は、『神々がほほえむ夜』のエリック・ライトや『悲しみの四十語』のジャイルズ・ブラントを始めとして、異端児マイケル・ス…

陸軍士官学校の死/ルイス・ベイヤード(創元推理文庫)

ポオの生誕二百年からは一年が過ぎてしまったが、若き日の巨匠が登場する印象的な作品を。惜しくも受賞は逃したものの、CWAのヒストリカル・ダガー賞とMWAの最優秀長篇賞にもノミネートされたルイス・ベイヤードの『陸軍士官学校の死』である。 一八三…