2011-01-01から1年間の記事一覧

夜を希う/マイクル・コリータ

マイクル・コナリーやトム・フランクリンらに栄誉を授け、ミステリ文学賞の名門となりつつある〈LAタイムズ最優秀ミステリ賞〉だが、マイクル・コリータの『夜を希う』(創元推理文庫)も同賞のお墨付きをもらっている。ウィスコンシンの氾濫湖地帯へとジ…

奇跡なす者たち/ジャック・ヴァンス(国書刊行会)

ジャック・ヴァンスといえば、SFの世界では数多のリスペクトを集めるカリスマ作家だが、実はミステリとの縁も浅からぬものがあって、『檻の中の人間』でエドガー賞の処女長編賞を獲っているし(本名のジョン・ホルブルック・ヴァンス名義)、エラリー・ク…

パンチョ・ビリャの罠/クレイグ・マクドナルド(集英社文庫)

義賊として、また革命の立役者として、メキシコの民衆の間では、今もその名を伝えられるパンチョ・ビリャ。最後は政敵の凶弾に倒れるが、死の三年後に墓を暴かれ、首を盗まれるという事件が起こった。犯罪小説の新鋭クレイグ・マクドナルドの『パンチョ・ビ…

スリーデイズ/ポール・ハギス監督(2010・米)

ハリウッドのリメイク依存症には毎度辟易させられるけれど、先の『モールス』(もとは『ぼくのエリ 200歳の少女』)と同様、いやそれ以上に目を瞠る再映画化となったのが、ポール・ハギス監督の『スリーデイズ』だ。オリジナルはフレッド・カヴァイエの『…

三つの秘文字/S・J・ボルトン(創元推理文庫)

ロマンティック・サスペンス系の作品を対象にしたメアリ・ヒギンズ・クラーク賞に輝くS(シャロン)・J・ボルトンは本邦初紹介となるイギリスの女性作家だが、まずはデビュー長編の『三つの秘文字』でお手並み拝見といこう。 船舶仲買人をしている夫ととも…

ブラッド・ブラザー/ジャック・カーリイ(文春文庫)

サイコロジカル・スリラーの源流をどこに求めるかをめぐっては、さまざまな見解があると思うが、現在のミステリシーンにおけるその分野の流れを決定づけた作品は、間違いなくトマス・ハリスの『羊たちの沈黙』(1988)だろう。今月の一番手となるジャッ…

シャンハイ・ムーン/S・J・ローザン(創元推理文庫)

前作『冬そして夜』でシリーズとしてひとつの頂を極めたS・J・ローザンのリディア・チン&ビル・スミスものだが、その後のシリーズ終焉を匂わせる七年にわたる長い沈黙は、読者を大いにやきもきさせた。その間、作者の胸中に浮かんでは消えたに違いない苦…

ハンナ/ジョー・ライト監督(2011・米)

スウェーデン発のバンパイア映画『ぼくのエリ 200歳の少女』(2008)をリメイクした『モールス』(2010)は、この夏に日本でも公開され大ヒットしたが、ミステリアスな少女を演じた弱冠十四歳のクロエ・グレース・モレッツの人気がその追い風とな…

エージェント6/トム・ロブ・スミス(新潮文庫)

レオ・デミドフをめぐる三部作のテーマは二つある。その一つは正義の問題だ。忠誠を捧げる自国ソビエト連邦から手ひどい仕打ちを受けた主人公が、善と悪をめぐる国家の欺瞞に気づき、思いを新たに取組んだ迷宮入り寸前の連続殺人を解決へと導いていくのが第…

シャンタラム/グレゴリー・デイヴィッド・ロバーツ(新潮文庫)

明の時代に書かれ、今も読み継がれる大長編小説の名作四編(「水滸伝」、「三国志演義」、「西遊記」、「金瓶梅」)を称えて、中国四大奇書などという。それらに共通する大きなスケールや無類の面白さ、さらにはいくら読んでも尽きることのない長大さという…

ねじれた文字、ねじれた路/トム・フランクリン(ハヤカワ・ミステリ)

トム・フランクリンは、デビューからこのかた長編三冊、短編集一冊という寡作で、唯一の短編集『密猟者たち』のみが翻訳されている。長編としては初紹介の『ねじれた文字、ねじれた路』は、すでにLAタイムズブックプライズの最優秀ミステリ賞を受賞、さら…

ミケランジェロの暗号/ウォルフガング・ムルンベルガー監督(2010・墺)

ナチスやホロコーストを描く映画がどこか一様なのは、人類の背負うその歴史の重さからくるものだと思うが、ややもするとその息苦しさから逃れたくなる時がある。そんな観客にとって、やられる一方じゃないユダヤ人やパルチザンらを描いたタランティーノの『…

幻影の書/ポール・オースター(新潮文庫)

新刊ではありませんが、とお断りしたうえで、大好きな作品がやっと文庫に入ったので、紹介させてもらおう。ポール・オースターと映画の世界は切っても切れない関係にあるが、その結びつきの強さでは『幻影の書』という作品が一番だろう。妻子を飛行機事故で…

謝罪代行社/ゾラン・ドヴェンガー(ハヤカワ・ミステリ、ハヤカワ・ミステリ文庫)

〈ミレニアム三部作〉の日本上陸は、英仏以外のヨーロッパ諸国にわが国読者の目を向けさせる大きなきっかけとなったが、話題沸騰の北欧勢に負けじと、ドイツからも気鋭の作家の登場だ。クロアチア生まれのドイツ作家ゾラン・ドヴェンカーの『謝罪代行社』で…

この愛のために撃て/フレッド・カヴァイエ監督(2010・仏)

アカデミー賞監督のポール・ハギスがラッセル・クロウの主演で撮った、冤罪で投獄された妻を夫が脱獄させるという『スリーデイズ』(2010)は、フランスの新鋭フレッド・カヴァイエのデビュー作『すべて彼女のために』(2008)のリメイクだが、その…

ドライブ・アングリー3D/パトリック・ルシエ監督(2010・米)

人生初の3D映画体験は、忘れもしない三十八年前の夏、新宿東急で観た『悪魔のはらわた』だ。映画観の入り口で渡されたプラスチック製の眼鏡をかけ、次々鼻先につきつけられる血まみれの首切り挟みや生々しい臓物に首をすくめた記憶がある。キャンプユーモ…

ピグマリオンの冷笑/ステファニー・ピントフ(ハヤカワ文庫)

エドガー賞の新人賞受賞者のステファニー・ピントフは、早くも第二作の『ピグマリオンの冷笑』が紹介されている。デビュー作の『邪悪』に引き続き、二十世紀初頭のニューヨークを舞台に、刑事のサイモン・ジールとアマチュアの犯罪学者のアリステア・シンク…

記者魂/ブルース・ダシルヴァ(ハヤカワ・ミステリ)

開巻すぐに目に飛び込んでくるのは、故エヴァン・ハンターから著者にあてての手紙だ。AP通信の記者だったブルース・ダシルヴァは、彼の記事を目にとめた巨匠の励ましがきっかけで、この『記者魂』を書いたという。その間、十六年という歳月が流れているが…

溺れる白鳥/ベンジャミン・ブラック(RHブックスプラス)

ミステリという狭い括りの中でばかり本を読んでいると、ミステリといえども小説である、という当り前のことをややもすると忘れてしまう。ベンジャミン・ブラック(ブッカー賞作家ジョン・バンヴィルの別名)の『ダブリンで死んだ娘』は、そんなわたしのよう…

探偵稼業は運しだい/レジナルド・ヒル(PHP文芸文庫)

レジナルド・ヒルは、ちょっと前にダルジールものの『午前零時のフーガ』で、老いて益々盛んなところを日本の読者に見せつけたばかりだが、『探偵稼業は運しだい』はシリーズの最初の二作が紹介されたきり長らくご無沙汰だった私立探偵ジョー・シックススミ…

野兎を悼む春/アン・クリーヴス(創元推理文庫)

舞台のシェトランド諸島は英国の一部だし、作者のアン・クリーヴスも歴とした英国作家だ。しかし、彼女の名を広くミステリ界に知らしめた〈シェトランド四重奏(ルビ:カルテット)〉は、どこか北欧の香りを湛えている。古くよりこのスコットランド北東沖の島…

アリス・クリードの失踪/J・ブレイクソン監督(2009・英)

イギリス出身の先達、クリストファー・ノーランやダニー・ボイルの才能に例えられてのデビューを果たしたのが、イングランドから登場したJ・ブレイクソンだ。英国産洞窟ホラーの続編『ディセント2』の共同脚本などで知られる人だが、自らのオリジナル脚本…

[〈映画〉]最後の賭け/クロード・シャブロル監督(1997・仏) フランス映画にもヌーベルバーグにも疎いわたしが、にわかにクロード・シャブロル贔屓を気取りたくなったのは、昨年の東京映画祭で観た遺作『刑事ベラミー』の素晴らしさに舌を巻いたからだ、と…

硝子の暗殺者/ジョー・ゴアズ(扶桑社海外文庫)

贔屓の作家の訃報に接する寂しさは、喩えようのないものだが、そんな読者の気持ちを少しでも癒してくれるものがあるとすれば、それは遺された作品だろう。本年一月に惜しまれて世を去ったジョー・ゴアズの『硝子の暗殺者』もそんな一冊だ。 ケニアの自然保護…

アウェイク/ジョビー・ハロルド監督(2007・米)

先の『キラー・インサイド・ミー』にも娼婦役で出演していたジェシカ・アルバが、今度は心臓疾患を抱える若き青年実業家ヘイデン・クリステンセンの秘書であり恋人の役を演じる『アウェイク』。結婚を望む若いカップルの間には、互いの身分違いを理由に反対…

グッドナイト マイ・ダーリン/インゲル・フリマンソン(集英社文庫)

〈ミレニアム三部作〉で世界の注目を集めるスウェーデンから、またも届けられた夏向きの一冊を。スウェーデン推理アカデミーが選ぶ年間最優秀長編にも選ばれたインゲル・フリマンソンの『グッドナイト マイ・ダーリン』は、〈悪女ジュスティーヌ〉という連作…

特捜部Q 檻の中の女/ユッシ・エーズラ・オールスン(ハヤカワ・ミステリ)

スカンジナビア三国の一角デンマークからの登場となるユッシ・エーズラ・オールスン(著者プロフィルに近影はないが、おそらくは男性作家)は九十年代後半にデビュー、本国を含むヨーロッパ諸国で人気を博している作家だが、警察小説の個性派『特捜部Q 檻の…

生、なお恐るべし/アーバン・ウェイト(新潮文庫)

アメリカ北西部のシアトルから新たな才能が登場した。その名をアーバン・ウェイト。まずは、彼のデビュー作『生、なお恐るべし』の内容をちらりと紹介してみたい。 カナダとの国境に近いワシントン州の森林地帯。前科のある運び屋ハントは、新米の若造ととも…

ファースター 怒りの銃弾/ジョージ・ティルマン・Jr監督(2010・米)

開巻一番、三人の主要な登場人物たちが、ただドライバー、刑事、殺し屋とだけ観客に紹介される。ドライバーことドウェイン・ジョンソンは、十年という刑期をつとめて出所したばかり。刑事ことビリー・ボブ・ソーントンは定年目前のベテラン捜査官。そして殺…

ピザマンの事件簿2 犯人捜しはつらいよ/L・T・フォークス(ヴィレッジブックス)

続編を待ちかねたL・T・フォークスの〈ピザマン〉シリーズだが、やっと『ピザマンの事件簿2 犯人捜しはつらいよ』が届けられた。酒のうえでの失敗から刑務所暮しを経験した主人公の中年男テリー。めでたく出所し、ピザの配達と大工という二束のわらじで仕…