サスペンス

喪失/モー・ヘイダー(ハヤカワ・ミステリ)

昨年四月二十七日の昼さがり、自宅でパソコンと睨めっこしていた私は、思わず「やった〜」と叫んだ。NYのグランドハイヤットからリアルタイムで届けられるツイートで、モー・ヘイダーがエドガー賞に輝いたことを知った瞬間のことである。『死を啼く鳥』と…

滅亡の暗号/ダスティン・トマソン(新潮文庫)

二○一二年人類滅亡説をご存じだろうか? 中央アメリカに古代から栄えたマヤ文明の長期暦は本年十二月までしかないことから、それを世界の終わりと解釈する考え方で、ノストラダムスの予言にあった一九九九年の恐怖の大王とともに、世界終末論のひとつとして…

月に歪む夜/ダイアン・ジェーンズ(創元推理文庫)

かつて女一人に男二人の組み合わせを指してドリカム状態という言葉が流行ったが、英国から登場の新鋭、女性作家ダイアン・ジェーンズの『月に歪む夜』は、そんな三人組にひとりの女性が加わったことから、微妙な均衡状態にひびが入っていく。ヒロインは新参…

The 500/マシュー・クワーク(ハヤカワ・ミステリ)

草の頂き、袋の中の豚、ヴァイオリン・ゲーム。耳慣れないこれらの言葉も、「ほら、映画でもあったでしょ、〈スパニッシュ・プリズナー〉ってのが」というヒントを出せば、ピンとくる読者は多かろう。そう、すべては詐欺の名前。その手口を知りたくば、今月…

この声が届く先/S・J・ローザン(創元推理文庫)

同じシリーズでも、一作ごとに作風を描き分ける多彩さは、すでに短編集でもおなじみのS・J・ローザンだが、今度の『この声が届く先』には驚かされた。このシリーズでは探偵コンビが一作ごとに主役(語り手)を交替するが、今回は、何者かによって誘拐され…

追撃の森/ジェフリー・ディーヴァー(文春文庫)

まさに『追撃の森』(文春文庫)。今度のジェフリー・ディーヴァーは、ウィスコンシン最大の州立公園に広がる森林地帯を舞台に繰り広げられる、追う者と追われる者の物語だ。ある晩、謎の緊急通報で人里離れた湖畔の別荘に駆けつけた女性保安官補のブリンは…

三十三本の歯/コリン・コッタリル(ヴィレッジブックス)

CWA賞の最優秀長編部門候補にもなった前作の翻訳紹介から早く四年が経とうとしているが、コリン・コッタリルの『三十三本の歯』はインドシナ半島の東寄りに位置する国ラオスを舞台に、齢七十二を数える老検死官シリ・バイブーンが大活躍するシリーズの待…

私が、生きる肌/ティエリー・ジョンケ(ハヤカワミステリ文庫)

八年前に翻訳紹介されるや、〈このミス〉の年間ランキングにもくい込んだティエリー・ジョンケの「蜘蛛の微笑」だが、新装版の『私が、生きる肌』(ハヤカワ文庫)として再登場した。昨年、〈オール・アバウト・マイ・マザー〉でおなじみの巨匠ペドロ・アル…

骨の刻印/サイモン・ベケット(ヴィレッジブックス)

CWA賞の最優秀長編部門で候補にもなった前作は日本での評判もよく、その続編を待っていた読者も多かったろう。サイモン・ベケットの『骨の刻印』は、三年ぶりの再登場となる〈法人類学者デイヴィッド・ハンター〉シリーズの第二作にあたる。 ひと仕事を終…

暴行/ライアン・デイヴィッド・ヤーン(新潮文庫)

一昨年の英国推理作家協会賞新人賞部門に輝いたライアン・デイヴィッド・ヤーンの『暴行』は、異色中の異色作といっていいだろう。一九六四年のニューヨーク。ある晩のこと、一人の若い女性がアパートメントの中庭で暴行を受け、瀕死の状態で横たわっていた…

アイアン・ハウス/ション・ハート(ハヤカワ・ミステリ、ハヤカワミステリ文庫)

アメリカ人の過半数は宇宙を生み出したのはビッグバンではなく、神だと信じているという驚きのデータをネット上で見かけた。二者択一の投票サイトrrratherの一コンテンツで、データの正確性は不明だが、アメリカ国民の中に、プリミティブな価値観を持った人…

羊たちの沈黙(上・下)/トマス・ハリス(新潮文庫)

たった一作がミステリの歴史を変えてしまうことがある。トマス・ハリスの『羊たちの沈黙(上・下)』(新潮文庫)もそんなひとつだ。ジョディ・フォスターが初々しい見習い捜査官を、アンソニー・ホプキンスが毒々しくハンニバル・レクター博士役を演じた映…

キャンバス/サンティアーゴ・バハーレス(ヴィレッジブックス)

二年前に驚きのデビュー作『螺旋』でわが国の読書界を湧かせたスペインの作家サンティアーゴ・パハーレスが帰ってきた。最新作『キャンバス』である。 天才画家のエルネストを父親に持った息子のフアン。自分も画家を志すものの挫折し、今は父の作品の管理を…

解錠師/スティーヴ・ハミルトン(ハヤカワ・ミステり)

MWAの最優秀長編賞とCWAのスチール・ダガー賞というダブルクラウンに輝いた『解錠師』の作者は、私立探偵アレックス・マクナイトのシリーズでおなじみスティーヴ・ハミルトンだが、一部同じミシガンを舞台にしているものの、こちらはノン・シリーズ作…

破壊者/ミネット・ウォルターズ(創元推理文庫)

忘れたころに作品が届けられるミネット・ウォルターズだが、同じ英国の女性作家でも、すっかり翻訳が途絶えたルース・レンデルや、新たな翻訳が望み薄なフランセス・ファイフィールドらに較べれば、まだ良い方かもしれない。四年半ぶりの『破壊者』は、刊行…

希望の記憶/ウィリアム・K・クルーガー(講談社文庫)

ウィリアム・K・クルーガーの『希望の記憶』は、先に刊行されている『闇の記憶』と密接な繋がりを持つ後日談である。前作の尻切れトンボだった結末にもやもやした思いを抱き、本作を待ちわびていた読者も多いに違いない。 保安官の職に返り咲いたものの厄介…

ミスター・クラリネット/ニック・ストーン(RHブックス・プラス)

『ミスター・クラリネット』は、CWAから〈イアン・フレミング・スチールダガー賞〉を授けられた英国作家ニック・ストーンの幸運なデビュー作だ。 破格の報酬で引受けた人捜しは、二年前に姿を消した幼い少年を連れ戻す仕事だった。元私立探偵のマックス・…

ローラ・フェイとの最後の会話/トマス・H・クック(ハヤカワ・ミステリ)

トマス・H・クックの作品は秋という季節がよく似合う。ベストテンの季節とも関係があるのだろうが、今年もこの時期にクックの新作が届けられたのが嬉しい。『ローラ・フェイとの最後の会話』は、二○一○年の新作で、〈ハヤカワ・ミステリ〉に移籍して(?)…

夜を希う/マイクル・コリータ

マイクル・コナリーやトム・フランクリンらに栄誉を授け、ミステリ文学賞の名門となりつつある〈LAタイムズ最優秀ミステリ賞〉だが、マイクル・コリータの『夜を希う』(創元推理文庫)も同賞のお墨付きをもらっている。ウィスコンシンの氾濫湖地帯へとジ…

三つの秘文字/S・J・ボルトン(創元推理文庫)

ロマンティック・サスペンス系の作品を対象にしたメアリ・ヒギンズ・クラーク賞に輝くS(シャロン)・J・ボルトンは本邦初紹介となるイギリスの女性作家だが、まずはデビュー長編の『三つの秘文字』でお手並み拝見といこう。 船舶仲買人をしている夫ととも…

幻影の書/ポール・オースター(新潮文庫)

新刊ではありませんが、とお断りしたうえで、大好きな作品がやっと文庫に入ったので、紹介させてもらおう。ポール・オースターと映画の世界は切っても切れない関係にあるが、その結びつきの強さでは『幻影の書』という作品が一番だろう。妻子を飛行機事故で…

謝罪代行社/ゾラン・ドヴェンガー(ハヤカワ・ミステリ、ハヤカワ・ミステリ文庫)

〈ミレニアム三部作〉の日本上陸は、英仏以外のヨーロッパ諸国にわが国読者の目を向けさせる大きなきっかけとなったが、話題沸騰の北欧勢に負けじと、ドイツからも気鋭の作家の登場だ。クロアチア生まれのドイツ作家ゾラン・ドヴェンカーの『謝罪代行社』で…

記者魂/ブルース・ダシルヴァ(ハヤカワ・ミステリ)

開巻すぐに目に飛び込んでくるのは、故エヴァン・ハンターから著者にあてての手紙だ。AP通信の記者だったブルース・ダシルヴァは、彼の記事を目にとめた巨匠の励ましがきっかけで、この『記者魂』を書いたという。その間、十六年という歳月が流れているが…

硝子の暗殺者/ジョー・ゴアズ(扶桑社海外文庫)

贔屓の作家の訃報に接する寂しさは、喩えようのないものだが、そんな読者の気持ちを少しでも癒してくれるものがあるとすれば、それは遺された作品だろう。本年一月に惜しまれて世を去ったジョー・ゴアズの『硝子の暗殺者』もそんな一冊だ。 ケニアの自然保護…

グッドナイト マイ・ダーリン/インゲル・フリマンソン(集英社文庫)

〈ミレニアム三部作〉で世界の注目を集めるスウェーデンから、またも届けられた夏向きの一冊を。スウェーデン推理アカデミーが選ぶ年間最優秀長編にも選ばれたインゲル・フリマンソンの『グッドナイト マイ・ダーリン』は、〈悪女ジュスティーヌ〉という連作…

特捜部Q 檻の中の女/ユッシ・エーズラ・オールスン(ハヤカワ・ミステリ)

スカンジナビア三国の一角デンマークからの登場となるユッシ・エーズラ・オールスン(著者プロフィルに近影はないが、おそらくは男性作家)は九十年代後半にデビュー、本国を含むヨーロッパ諸国で人気を博している作家だが、警察小説の個性派『特捜部Q 檻の…

生、なお恐るべし/アーバン・ウェイト(新潮文庫)

アメリカ北西部のシアトルから新たな才能が登場した。その名をアーバン・ウェイト。まずは、彼のデビュー作『生、なお恐るべし』の内容をちらりと紹介してみたい。 カナダとの国境に近いワシントン州の森林地帯。前科のある運び屋ハントは、新米の若造ととも…

逃亡のガルヴェストン/ニック・ピゾラット(ハヤカワ・ミステリ)

そもそも時代の空気に敏感なミステリ叢書の老舗として鳴らしてきた〈ハヤカワ・ミステリ〉が、敢えて〈新世代作家紹介〉の看板を掲げた連続刊行の企画は、なかなかの成功を収めつつあるようだ。デイヴィッド・ゴードン(『二流小説家』)、ヨハン・テリオン…

湖のほとりで/カリン・フォッスム(PHP文芸文庫)

ここのところ次々と紹介される北欧からの新たな才能だが、ノルウェーの女性作家カリン・フォッスムもその一人だ。『湖のほとりで』は、映画ファンならご存知のように、同題のイタリア映画(日本公開は2009年)の原作で、スカンジナビア半島のフィヨルド…

黄昏に眠る秋/ヨハン・テオリン(ハヤカワ・ミステリ)

舞台を固定しての春夏秋冬をめぐる連作というと、スコットランド沖に浮かぶ島々を舞台にしたアン・クリーヴスの〈シェットランド四重奏〉がすぐに思い浮かぶが、ヨハン・テオリンの『黄昏に眠る秋』はスウェーデンの南東、バルト海上のエーランド島の移り行…