ミスター・クラリネット/ニック・ストーン(RHブックス・プラス)

『ミスター・クラリネット』は、CWAから〈イアン・フレミング・スチールダガー賞〉を授けられた英国作家ニック・ストーンの幸運なデビュー作だ。
破格の報酬で引受けた人捜しは、二年前に姿を消した幼い少年を連れ戻す仕事だった。元私立探偵のマックス・ミンガスは、事件の起きた西インド諸島中部の共和国ハイチへと向うが、三人の前任者たちが揃って失敗したという事件はやはり手ごわく、貧困がはびこり、ヴードゥーが幅をきかせる熱帯の混沌へと巻き込まれていく。そんなとき、ハーメルンの笛吹き男を彷彿とさせるミスター・クラリネットの都市伝説をマックスは耳にする。
ハイチという舞台の土地柄を活かした作品にセオドア・ロスコーの『死の相続』があったが、本作においても彼の地のエキゾチズムは物語の舞台装置として不思議な魅力を放っている。一方主人公には過去があって、厄介な仕事を引受けた裏には、亡き妻に対するやましさや後悔から逃げたいという気持ちが隠されている。かくして悪夢が別の悪夢に呼び寄せられるように、マックスは得体の知れない闇に包まれたトロピカル・ノワールの世界へと呑みこまれていく。捜査が足踏み状態の前半は正直冗長感もあるが、いったん佳境に入るや、めくるめく展開を遂げていくミステリとしての面白さが見事。ラムの芳醇さにも似た深い味わいとあとをひく余韻が印象に残る一篇だ。
[ミステリマガジン2012年3月号]

ミスター・クラリネット 上 (RHブックス・プラス)

ミスター・クラリネット 上 (RHブックス・プラス)

ミスター・クラリネット 下 (RHブックス・プラス)

ミスター・クラリネット 下 (RHブックス・プラス)