破壊者/ミネット・ウォルターズ(創元推理文庫)

忘れたころに作品が届けられるミネット・ウォルターズだが、同じ英国の女性作家でも、すっかり翻訳が途絶えたルース・レンデルや、新たな翻訳が望み薄なフランセス・ファイフィールドらに較べれば、まだ良い方かもしれない。四年半ぶりの『破壊者』は、刊行済みの『囁く谺』と『蛇の形』の中間に書かれた作品だ。
英国南西部のドーセットの浜辺で幼い兄弟が見つけたのは、仰向けに横たわる女性の全裸死体だった。地元のイングラム巡査が現場に駆けつけると、少年らに替わって通報したという俳優のハーディングが、知り合いの女性マギーと話を交わしていた。間もなく離れた町で迷子の幼い娘が保護され、死体は彼女の母親だったことがわかる。死因は、海を漂い、海岸に放置されたことによる低体温症が疑われ、警察の目は、リヴァプールに出張中だったという夫と、どこか不審なハーディングに向けられるが。
科学捜査の資料を示し、幾人もの証言を並べて読者に吟味させるなど、正面きってのフェアプレイとフーダニットを作者は挑んでくる。てだれの技を感じさせる巧さだが、捜査の進展につれて、興味は揺れ動く容疑者の人間像へと否応なく移っていく。その微妙な綾を描くウォルターズの筆は冴えていて、やはり人間心理の不可解さこそが最大の謎だと再認識させられる。州警察の刑事たちの前で思いがけなく捜査の才能を発揮する巡査の活躍が小気味よいが、捜査と並行して描かれる彼の私生活で、憧れの女性と間の長かった冷たい関係に雪どけが訪れる展開の清々しさも心地よい。
[ミステリマガジン2012年3月号]

破壊者 (創元推理文庫)

破壊者 (創元推理文庫)