三つの秘文字/S・J・ボルトン(創元推理文庫)

ロマンティック・サスペンス系の作品を対象にしたメアリ・ヒギンズ・クラーク賞に輝くS(シャロン)・J・ボルトンは本邦初紹介となるイギリスの女性作家だが、まずはデビュー長編の『三つの秘文字』でお手並み拝見といこう。
船舶仲買人をしている夫とともに、彼の故郷シェトランドに越してきてほぼ半年。その日、産科医のトーラは、急死した愛馬をわが家の敷地に葬ろうとしていた。しかし、彼女の操るミニショベルカーは一体の女性の死体を掘り起こしてしまう。心臓がえぐられ、背中には古代文字とおぼしき傷痕、さらに出産間もない身であったことが解剖でわかる。たまたま被害者の指輪を発見したトーラは、事件に首をつっこむことにいい顔をしない周囲の目をよそに、医師の立場を利用して調査を進める。その結果、被害者の死亡時期をめぐって公的な記録と検死結果の間には一年近くのズレがあるという驚愕の事実に行き当たってしまう。
シェトランド諸島を舞台にした作品といえば、アン・クリーヴスの四部作がおなじみだが、あちらを正統派とすれば、こちらは異端。とりわけ後半は、B級映画さながらの乗りで安手のホラームービーを観るかのような事件の背景が暴かれていく。しかしその胡散臭さとは裏腹に、中盤過ぎでひとつの謎が解き明かされる一節は実に感動的だ。本格ミステリのファンならば、そのカタルシスを賞味するためだけでも、手にしてみて損はないだろう。
[ミステリマガジン2011年12月号]

三つの秘文字 上 (創元推理文庫)

三つの秘文字 上 (創元推理文庫)

三つの秘文字 下 (創元推理文庫)

三つの秘文字 下 (創元推理文庫)