ハンナ/ジョー・ライト監督(2011・米)


スウェーデン発のバンパイア映画『ぼくのエリ 200歳の少女』(2008)をリメイクした『モールス』(2010)は、この夏に日本でも公開され大ヒットしたが、ミステリアスな少女を演じた弱冠十四歳のクロエ・グレース・モレッツの人気がその追い風となったことは間違いない。彼女はこのあと、スコセッシやティム・バートン作品への出演が続くというモテモテぶりだが、同じく十代で早熟の才能を発揮している女優として、わずか十三歳でアカデミー賞ゴールデングローブ賞にノミネートされたシアーシャ・ローナンがいる。両賞の候補となった『つぐない』(2007)での瑞々しい印象は、『ラブリーボーン』(2009)の殺人鬼の犠牲となったいたいけな少女役へと引き継がれたが、新作のジョー・ライト監督『ハンナ』(2011)は、まさにそんな彼女のための作品といっていいだろう。
タイトルは、ヒロインの少女から取られている。雪に閉ざされた過酷なフィンランドの自然の中で狩猟生活を送るエリック・バナシアーシャ・ローナンの父娘。戦闘技術と語学の厳しいレッスンが続けられてきたが、そんな日々にもやがてピリオドが打たれるときがやってくる。「殺すか、殺されるかのどちらかだ」。そんな父親の不穏な言葉に送られ、彼女は文明社会へと向かう。しかしそれを待ち受けていたのは、CIAの幹部ケイト・ブランシェットだった。
鍛え上げられた殺人マシーンといたいけな少女という二面を併せ持つヒロイン。本作の魅力は、それを演じるシアーシャ・ローナンの輝きに尽きるだろう。彼女の出生の秘密をめぐるややオフビートな謀略の物語という側面はあるものの、それはいささかあっけなく、物語を覆う薄い表層に過ぎない。主人公の中のイノセンスと闘争本能は、やがて復讐心の輪郭をなしていくが、そんな物語を手に汗にぎるものにしているのが、汚れ仕事専門家とおぼしきトム・ホランダーの存在だ。舞台出身の人のようだが、血まみれになりながらも笑顔で追いかけてくる彼のジャージ姿は実に不気味でコワイ。ヒステリックな一面を持ちながら、クールでかっこいいCIA局員を演じるケイト・ブランシェットとともに、存在感ある敵役が本作を大いに盛りあげているのである。
日本推理作家協会報2011年10月号]
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