キャンバス/サンティアーゴ・バハーレス(ヴィレッジブックス)

二年前に驚きのデビュー作『螺旋』でわが国の読書界を湧かせたスペインの作家サンティアーゴ・パハーレスが帰ってきた。最新作『キャンバス』である。
天才画家のエルネストを父親に持った息子のフアン。自分も画家を志すものの挫折し、今は父の作品の管理を仕事としている。あるときエルネストは畢生の傑作といわれる「灰色の灰」を競売にかけるといいだした。本人の思惑通りに絵は自国のプラド美術館の手に落ちるが、間もなく息子を前に老画家は思いがけない事を言い始める。自分は今になってあの絵の欠陥に気づいた。それを修正しなければならない、と。困惑する息子を横目に、エルネストは美術品泥棒のプロフェッショナルを雇い入れるが。
まるで万華鏡のように、角度を変えるたびに、違う物語が見えてくる。ひとつは父と息子の絆をめぐるお話。息子は父親の中に実際には存在しない過剰なる期待を見いだし、父親はそんな幻影に苛まれる息子を慰めてやることができずに苦しんでいる。次に夫婦の愛情をめぐる物語。互いへの愛の深さゆえに、山嵐のジレンマよろしく互いに傷つけあわずにはおれない二人の愛はどこに行き着くのか? そして師匠とその弟子をめぐる才能の物語。自分にない才能のきらめきを弟子の中に見いだした師匠は、ある生き方を決意する。終章の種明かしとともに再び浮かび上がる冒頭の一幕が温かく、心地よい。芸術の意味、親子の絆、愛の真実、才能の秘密のすべてを解き明かそうとするファンタスティックな傑作だ。
[ミステリマガジン2012年3月号]

キャンバス

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