ブラッド・ブラザー/ジャック・カーリイ(文春文庫)

サイコロジカル・スリラーの源流をどこに求めるかをめぐっては、さまざまな見解があると思うが、現在のミステリシーンにおけるその分野の流れを決定づけた作品は、間違いなくトマス・ハリスの『羊たちの沈黙』(1988)だろう。今月の一番手となるジャック・カーリイの『ブラッド・ブラザー』も、やはり同作の強い影響のもとに書かれている。
地元のアラバマ州モビール市を飛び立ち、ラ・ガーディア空港に降り立ったカーソン・ライダー刑事。彼をニューヨークの都会へと呼び寄せたのは、旧知の仲であるドクター・エヴァンジェリンが犠牲となった残忍な殺人事件だった。手に負えないサイコキラーばかりを収容するアラバマ逸脱行動矯正施設の所長を務める彼女は、死の間際にライダー刑事に向けて動画のメッセージを残していた。捜査の陣頭指揮をとるNYPDのウォルツ刑事はそれを見て彼に協力を要請するが、事件の背景を知ったライダーは愕然とする。またもや自分の兄ジェレミーが事件に関わっていたのだ。
ジェレミーというのは、シリーズ読者ならすでにおなじみ、第二作の『デス・コレクターズ』で重要な役どころを負った人物だが、それ以来の再登場となる本作でも、変幻自在な暗躍をみせる。ややもするとナイーブで危うさのあるライダー刑事に対し、このレクター教授の変奏曲的な存在である第二の主人公の存在感は強烈で、本作のキーパーソンの役割を果たす。そんなジェレミーの立ち位置と共鳴するかのような、曖昧で複雑怪奇な精神をめぐる正常と異常の境界線をさぐるというテーマも興味津々で、心の闇の中を手探りで進むような展開が実にスリリングだ。
[ミステリマガジン2012年1月号]

ブラッド・ブラザー (文春文庫)

ブラッド・ブラザー (文春文庫)