警察

喪失/モー・ヘイダー(ハヤカワ・ミステリ)

昨年四月二十七日の昼さがり、自宅でパソコンと睨めっこしていた私は、思わず「やった〜」と叫んだ。NYのグランドハイヤットからリアルタイムで届けられるツイートで、モー・ヘイダーがエドガー賞に輝いたことを知った瞬間のことである。『死を啼く鳥』と…

湿地/アーナルデュル・インドリダソン(東京創元社)

警察ミステリの本場といえば、マクベイン、ウォー、リューインらを生んだアメリカだが、シューヴァル&ヴァールーのまいた種がマンケルらの活躍となって実を結んだ北欧は、今やその地位を逆転しつつある。アイスランドから登場したアーナルデュル・インドリ…

ファイアーウォール(上・下)/ヘニング・マンケル(創元推理文庫)

スウェーデン南部の港町イースタを舞台に刑事のクルト・ヴァランダーの活躍を描くシリーズも、『ファイアーウォール(上・下)』(創元推理文庫)で数えて八作目。時代に敏感な警察小説として、ヨーロッパ勢の先頭を切るシリーズのひとつだ。今回の主人公は…

深い疵/ネレ・ノイハウス(創元推理文庫)

ホロコーストという悲劇を生んだナチズムの禍根は、本国ドイツの現代ミステリでも依然主題としての重さを失っていない。新鋭の女性作家ネレ・ノイハウスの『深い疵』は、冒頭アメリカ大統領の顧問まで務めたユダヤ人が射殺され、ナチス親衛隊という彼の知ら…

死せる獣 殺人捜査課シモンスン/ロデ&セーアン・ハマ(ハヤカワミステリ)

警察ミステリの本場英米に対して、北欧は名シリーズ〈マルティン・ベック〉シリーズを生んだ文化圏として、聖地と呼ぶに相応しい。その命脈は二十一世紀にも引き継がれ、近年も注目すべき作品が発信され続けているが、デンマークから登場した『死せる獣-殺人…

裁きの曠野/C・J・ボックス(講談社文庫)

単発の『ブルー・ヘブン』でエドガー賞に輝いているC・J・ボックスだが、デビュー作以来の読者には、ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの方に愛着をおぼえる向きもあるだろう。『裁きの曠野』は、シリーズの数えて第六作(一作未訳あり…

特捜部Q-キジ殺し-/ユッシ・エーズラ・オールスン(ハヤカワ・ミステリ)

ユッシ・エーズラ・オールスンの『特捜部Q-キジ殺し-』は、カール警部補とアシスタントのアサドという凸凹コンビでスタートしたシリーズの第二作。本作では、コペンハーゲン警察が誇る未解決重大事件担当部署に、さらに癖のある新人女性がスタッフに加わる。…

背後の足音/ヘニング・マンケル(創元推理文庫)

夏至の前夜に行方が知れなくなった若者たちは、どこへ消えたのか? 見過ごされかけた事件を調べることになったヴァランダーを、不意打ちのように部下の死が襲う。しかも生前その部下は、若者たちの事件を密かに追っていたことが明らかになる。 常軌を逸した…

特捜部Q 檻の中の女/ユッシ・エーズラ・オールスン(ハヤカワ・ミステリ)

スカンジナビア三国の一角デンマークからの登場となるユッシ・エーズラ・オールスン(著者プロフィルに近影はないが、おそらくは男性作家)は九十年代後半にデビュー、本国を含むヨーロッパ諸国で人気を博している作家だが、警察小説の個性派『特捜部Q 檻の…

湖のほとりで/カリン・フォッスム(PHP文芸文庫)

ここのところ次々と紹介される北欧からの新たな才能だが、ノルウェーの女性作家カリン・フォッスムもその一人だ。『湖のほとりで』は、映画ファンならご存知のように、同題のイタリア映画(日本公開は2009年)の原作で、スカンジナビア半島のフィヨルド…

冷血の彼方/マイケル・ジェネリン(創元推理文庫)

出会いに期待と緊張感はつきものだが、新たに届けられたシリーズものの最初の一冊をひもとくスリルは、やはりひとしおのものがある。今月は、そんな気分を存分に味わわせてくれた一冊から。欧州中部の共和国スロヴァキアを舞台にした警察小説シリーズの幕が…

虐待/サンドラ・ラタン(集英社文庫)

作家は成長するものだな、と改めて感心させられたのが、サンドラ・ラタンの『虐待』(集英社文庫)である。カナダのバンクーバー地区を舞台にした警察小説シリーズの第二作にあたる本作は、デビュー作でもあった前作をはるかに凌ぎ、警察小説の新たな可能性…

暁に立つ/ロバート・B・パーカー(早川書房)

近年の作者に、私生活や創作姿勢などで大きな変化があったという類の話は聞かないが、ここ数年の〈スペンサー〉シリーズには、ときに目を瞠るものがある。一九三二年生まれだから、生前のロバート・B・パーカーは日本でいう喜寿の年を迎え、人間として作家…

死角 オーバールック/マイクル・コナリー(講談社文庫)

上下巻でなかったり、邦題のつけ方が変わっていたりと、佇まいがいつもと異なるマイクル・コナリーの新作は、そもそも新聞小説という形式で書かれた作品のようだ。ウィークリー紙に合計十六回にわたって連載された事情や舞台裏については訳者あとがきに詳し…

最後の音楽/イアン・ランキン(ハヤカワ・ミステリ)

イアン・ランキンの『最後の音楽』は、ほぼ二十年という長い歳月にわたって発表されてきたシリーズの最終作だ。定年退職の日を目前にひかえたエジンバラ警察犯罪捜査部のツワモノ警部、ジョン・リーバスの警察官生活最後の十日間を描く作品である。 追われる…

説教師/カミラ・レックバリ(集英社文庫)

ラーソンの〈ミレニアム〉をめぐるお祭り騒ぎもさすがに一段落だが、三部作でスウェーデンのミステリに少しでも興味が湧いたなら、迷わずに読んでほしいのがカミラ・レックバリだ。海辺の小さな町を舞台に、伝記作家のエリカと警官のパトリックの主人公カッ…

エコー・パーク/マイクル・コナリー(講談社文庫)

警察小説、ハードボイルド、ノワール、サイコスリラー、本格ものと、その持ち味をひと口に語りきれないマイクル・コナリーの作品だが、ハリー・ボッシュのシリーズを中心として枝葉を広げた登場人物のファミリー・ツリーからは、一種の大河ドラマの面白さも…

死者の名を読み上げよ/イアン・ランキン(ハヤカワ・ミステリ)

章割りに凝ったこういう作品こそ、章題がひと目で見渡せる目次のページがほしいところ。イアン・ランキンの『死者の名を読み上げよ』は、アナログのレコード盤に譬えて、全体をサイド1からサイド4までの四章仕立てとし、作中でフーの「四重人格」を繰り返…

死のオブジェ/キャロル・オコンネル(創元推理文庫)

「クリスマスに少女は還る」がリリースされた時点でキャロル・オコンネルの名を記憶していた読者がいたとするならぱ、その人は相当のミステリ通だろう。それくらいに、オコンネル作品の初紹介は地味で目立たないものだった。その作品とは、九四年に竹書房文…

アマンダの影/キャロル・オコンネル(創元推理文庫)

キャロル・オコンネルのマロリーものの第二作にあたる『アマンダの影』。前作の「氷の天使」で停職をくらっていたマロリーだが、彼女のブレザーを身に付けた死体が発見されたことから、捜査の第一線に復帰する。遺された手がかりである未刊の私小説原稿をめ…

氷の天使/キャロル・オコンネル(創元推理文庫)

翻訳者の務台夏子さんが、本日の〈翻訳ミステリー大賞シンジケート〉で『少女はクリスマスには還る』をイチおしとして取り上げているが、それによると新作の翻訳紹介が待機しているらしいキャロル・オコンネル。久々の登場に期待が膨らむオコンネルの旧作と…

グラーグ57/トム・ロブ・スミス(新潮文庫)

早くも届けられたトム・ロブ・スミスの第二作『グラーグ57』。国家保安省時代のおとり捜査のエピソードで幕があくが、間もなく「チャイルド44」の後日談であることが明らかになる。忌まわしい事件から三年が過ぎ、主人公のレオはモスクワで殺人課を創設、家…

ユダヤ警官同盟/マイケル・シェイボン(新潮文庫)

歴史改変というテーマがある。SFでいうパラレルワールドもののひとつで、ある歴史上の分岐点を境に、そこから史実とは異なる経過をたどっていくイフの世界の物語を指してそう呼ぶわけだが、なぜかその起点となる分け目を二次世界大戦に求める例が多い。日…

タンゴステップ/ヘニング・マンケル(創元推理文庫)

ヘニング・マンケルは、CWA(英国推理作家協会)賞に輝いた「目くらましの道」を始めとするクルト・ヴァランダー警部でお馴染みだけれども、同じスウェーデンの警察小説ではあるが、『タンゴステップ』は、ノンシリーズの単発作品。北部の国境に近い森林…

チャイルド44/トム・ロブ・スミス(新潮文庫)

おっと、今頃になってご紹介とは。リドリー・スコット監督による映画化も進行中という『チャイルド44』は、イギリスの新鋭トム・ロブ・スミスの処女作だ。しかし、新人とは思えぬ筆力で、ブッカー賞にまでノミネート(ロングリストのみだが)、スターリン治…

極限捜査/オレン・スタインハウアー(文春文庫)

2008年はトム・ロブ・スミスの「チャイルド44」やヘニング・マンケルの「タンゴステップ」など、二次大戦以降のヨーロッパの歴史の暗部に光をあてるような作品が目立ったが、きわめつけはこの作品かもしれない。ヨーロッパ在住のアメリカ作家、オレン・スタ…

フロスト気質/R・D・ウィングフィールド(創元推理文庫)

一昨年に惜しまれて世を去ったR・D・ウィングフィールドが遺したフロスト警部シリーズの長編は、死後出版のものを合わせて六編あるが、この『フロスト気質』はその四作目にあたる。残された未紹介作品はわずか二作というのはちょっと寂しいが、初の上下巻…

処刑人の秘めごと/ピーター・ラヴゼイ(早川書房)

ミステリ作家としての生涯の功績を讃えるダイヤモンドダガー賞というのが英国推理作家協会(CWA)にはあるが、功労賞的なこの賞をもらっても、隠居どころか、もうひと花咲かせる勢いで活躍を続けるベテラン作家がイギリスにはごろごろいる。ピーター・ラヴゼ…

変わらぬ哀しみは/ジョージ・P・ペレケーノス(ハヤカワミステリ文庫)

ここのところの不調続き(悪い作品ではないが、「魂の眠れ」や「ドラマ・シティ」はいまひとつの印象だった)で、作家としての曲がり角にさしかかっているのでは、とちょっと心配だったジョージ・P・ペレケーノスだけれど、『変わらぬ哀しみは』は、デレク…

1/2の埋葬/ピーター・ジェイムズ(ランダムハウス講談社文庫)

『1/2の埋葬』は、イギリスから登場した新シリーズブライトン市警ロイ・グレイス警視シリーズの第一作である。作者のピーター・ジェイムズはブライトン出身だが、以前はアメリカで映画の脚本やプロデュースという仕事に精を出していたようで、本作の持ち味…