2012-01-01から1年間の記事一覧
フィルム・ノワールの末裔ともいうべき〈あるいは裏切りという名の犬〉を撮ったオリヴィエ・マルシャル監督の新作〈そして友よ、静かに死ね〉は、七十年代の初頭、フランスで民衆からもモモンの愛称で親しまれた実在のギャング、エドモン・ヴィダルの物語で…
映画祭ではなぜか先に公開されたが、〈盗聴犯〜狙われたブローカー〜〉(2011)は、二年後に製作された同じ監督・脚本チームによる先の〈死のインサイダー取引〉(2009)の続編である。といっても、盗聴という手段が作中で重要な役割を果たすのと、…
一九九七年に中国に返還された香港が、映画の世界で今なお香港映画の看板を掲げていられるのは、社会主義の中国が特別行政区として香港の資本主義活動を例外的に認めているからで、変わらぬ作品の質の高さで、東洋のハリウッドとしての伝統と命脈を保ってい…
ローレンス・ブロックが30年という長きにわたり発表してきたマット・スカダーものも、前作『すべては死にゆく』でついに幕が降ろされたと思っていたファンは多いだろう。しかし、作者は思いもかけなかった形でシリーズの新作を六年ぶりに届けてくれた。 その…
二○一二年人類滅亡説をご存じだろうか? 中央アメリカに古代から栄えたマヤ文明の長期暦は本年十二月までしかないことから、それを世界の終わりと解釈する考え方で、ノストラダムスの予言にあった一九九九年の恐怖の大王とともに、世界終末論のひとつとして…
かつて女一人に男二人の組み合わせを指してドリカム状態という言葉が流行ったが、英国から登場の新鋭、女性作家ダイアン・ジェーンズの『月に歪む夜』は、そんな三人組にひとりの女性が加わったことから、微妙な均衡状態にひびが入っていく。ヒロインは新参…
そもそもはTVの企画からスタートしたオリヴィエ・アサイヤス監督の『カルロス』は、三部作の合計が五時間半という『旅芸人の記録』も可愛く思える長尺でありながら、体感時間はさほどではない。日本赤軍によるフランス大使館占拠事件(ハーグ・1974年…
凄絶なる復讐物語『神は銃弾』を引っさげてのボストン・テランのデビューは衝撃的だった。暴力を描くのではなく、作品が暴力そのものだったからだ。しかし、バイオレンスへの徹底したこだわりに変化の兆しが見てとれたのが、障害を負うヒロインの成長を主題…
非英語圏のミステリ作家たちが脚光を浴びているが、忘れてはならない国がフランスだろう。英米を横目に、独自のミステリ観から名作の数々を生んできたこの国で、今シーンの先頭を走っているのが女性作家のフレッド・ヴァルガスである。三度にわたるCWA(…
ギリシャ映画といえば、故テオ・アンゲロプロス監督の『旅芸人の記録』(1975)が、真っ先に思い浮かぶ。約四時間にわたり猛烈な睡魔と悪戦苦闘した二十年以上も前の苦い記憶とともに。それ以来、かの国の映画と聞く度に、アンゲロプロスの眠気を誘う(…
韓流ミステリ映画の面白さには毎度舌を巻くばかりだが、『セブンデイズ』、『哀しき獣』、『カエル少年失踪殺人事件』といった近年の収穫ともいうべき作品に出演していた男優たちが一堂に集う『依頼人』もその例に洩れない。結婚記念日の晩、花束を手に仕事…
草の頂き、袋の中の豚、ヴァイオリン・ゲーム。耳慣れないこれらの言葉も、「ほら、映画でもあったでしょ、〈スパニッシュ・プリズナー〉ってのが」というヒントを出せば、ピンとくる読者は多かろう。そう、すべては詐欺の名前。その手口を知りたくば、今月…
同じシリーズでも、一作ごとに作風を描き分ける多彩さは、すでに短編集でもおなじみのS・J・ローザンだが、今度の『この声が届く先』には驚かされた。このシリーズでは探偵コンビが一作ごとに主役(語り手)を交替するが、今回は、何者かによって誘拐され…
付けも付けたりという『崖っぷちの男』というタイトルだが、マンハッタンにある老舗ホテルの二十一階がその舞台となる。その朝チェックインした謎の男サム・ワーシントンは、食事を終えるや窓の外に立ち、そばに来たら飛び降りるぞと宣言する。野次馬や警官…
ドイツ語圏を代表するスイスの作家、フリードリヒ・デュレンマットを最初に読んだのは、『嫌疑』でもなければ『約束』でもない。大学時代の第二外国語のテキストだった。辞書を引き引き読んだ戯曲『物理学者たち』の無類の面白さに感動し、この作家をもっと…
相変わらずジェイソン・ステイサムと肩を並べる出演作の多さで、有り難味もインフレ気味のニコラス・ケイジだが、ベテランのロジャー・ドナルドソン監督による『ハングリー・ラビット』では、謎の自警団組織を向こうに回して、孤独な戦いを繰り広げる。妻の…
ホロコーストという悲劇を生んだナチズムの禍根は、本国ドイツの現代ミステリでも依然主題としての重さを失っていない。新鋭の女性作家ネレ・ノイハウスの『深い疵』は、冒頭アメリカ大統領の顧問まで務めたユダヤ人が射殺され、ナチス親衛隊という彼の知ら…
アルモドバルの『私が、生きる肌』を押しのけてのアカデミー賞ノミネートが話題になったアグスティー・ビジャロンガ監督の『ブラック・ブレッド』は、フランコ政権による弾圧下にあった一九四○年代のカタローニャ地方を舞台にしている。少年は、ある日森の奥…
かつてレン・デイトン(『SS-GB』)が、最近ではジョー・ウォルトン(ファージング三部作)が大胆な改変を試みた第二次世界大戦を挟んだ激動の歴史に、さらなる企みをもって挑んだフィクションが登場した。第三十二代アメリカ合衆国大統領のルーズベルト…
イランの映画監督アスガー・ファルハディには、先にミステリ的な手法が効果的だった『彼女が消えた浜辺』があったが、アカデミー賞の外国語映画賞に輝いた『別離』は、前作を上回る出来映えといっていい。首都テヘランのアパートで暮らすペイマン・モアディ…
孔枝泳(コン・ジヨン)は、辻仁成とのコラボレーション作品もある韓国の女性作家だ。若かりし頃には労働運動にも身を投じたこともある彼女の『トガニ 幼き瞳の告発』は、二○○五年韓国南部の都市光州で起きた聴覚障害者特殊学校における虐待事件とその後の裁…
警察ミステリの本場英米に対して、北欧は名シリーズ〈マルティン・ベック〉シリーズを生んだ文化圏として、聖地と呼ぶに相応しい。その命脈は二十一世紀にも引き継がれ、近年も注目すべき作品が発信され続けているが、デンマークから登場した『死せる獣-殺人…
まさに『追撃の森』(文春文庫)。今度のジェフリー・ディーヴァーは、ウィスコンシン最大の州立公園に広がる森林地帯を舞台に繰り広げられる、追う者と追われる者の物語だ。ある晩、謎の緊急通報で人里離れた湖畔の別荘に駆けつけた女性保安官補のブリンは…
CWA賞の最優秀長編部門候補にもなった前作の翻訳紹介から早く四年が経とうとしているが、コリン・コッタリルの『三十三本の歯』はインドシナ半島の東寄りに位置する国ラオスを舞台に、齢七十二を数える老検死官シリ・バイブーンが大活躍するシリーズの待…
単発の『ブルー・ヘブン』でエドガー賞に輝いているC・J・ボックスだが、デビュー作以来の読者には、ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの方に愛着をおぼえる向きもあるだろう。『裁きの曠野』は、シリーズの数えて第六作(一作未訳あり…
ディー判事(狄仁傑)といえば、ミステリの読者にはおなじみ、在日オランダ大使だったこともあるロバート・ファン・ヒューリックが七世紀の中国(唐代)を舞台に描いた連作シリーズの主人公だが、この名探偵には実在のモデルがいた。ヒューリックの小説が描…
ピーター・チャン監督の『捜査官X』だが、ドニー・イェン演じる謎めいた男が、クララ・ウェイ、ジミー・ウォングといったクンフー・スターのツワモノたちを向こうに回して堂々と渡り合っていく後半は、武任映画として息を呑む出来映えだ。しかし、ミステリ…
八年前に翻訳紹介されるや、〈このミス〉の年間ランキングにもくい込んだティエリー・ジョンケの「蜘蛛の微笑」だが、新装版の『私が、生きる肌』(ハヤカワ文庫)として再登場した。昨年、〈オール・アバウト・マイ・マザー〉でおなじみの巨匠ペドロ・アル…
右手に奇想、左手には英国流のドライなユーモア。アントニー・マンの『フランクを始末するには』は、読者を面喰わせること必至の作品集である。まずは冒頭に置かれた、相棒が赤ん坊という警官コンビが活躍する「マイロとおれ」に唖然としていただきたい。さ…
メガホンをとるのは十一年ぶりというイ・ヒョンスン監督の『青い塩』は、『殺人の追憶』で刑事役だったソン・ガンホが、今度は引退したアウトローを演じる。ヤクザの稼業から足を洗い、ソウルからプサンに移り住んだソン・ガンホの目的は、母親の故郷で食堂…