その他

失脚/巫女の死/フリードリヒ・デュレンマット(光文社古典新訳文庫)

ドイツ語圏を代表するスイスの作家、フリードリヒ・デュレンマットを最初に読んだのは、『嫌疑』でもなければ『約束』でもない。大学時代の第二外国語のテキストだった。辞書を引き引き読んだ戯曲『物理学者たち』の無類の面白さに感動し、この作家をもっと…

フランクを始末するには/アントニー・マン(創元推理文庫)

右手に奇想、左手には英国流のドライなユーモア。アントニー・マンの『フランクを始末するには』は、読者を面喰わせること必至の作品集である。まずは冒頭に置かれた、相棒が赤ん坊という警官コンビが活躍する「マイロとおれ」に唖然としていただきたい。さ…

居心地の悪い部屋/岸本佐知子編(角川書店)

喩えるならば、人の集まるところは苦手なくせに、何かの弾みで出席の返事をしてしまい、気が重いまま顔を出したパーティのようなものだろうか。岸本佐知子編訳の『居心地の悪い部屋』は、そんなアンソロジーである。しかし、気がついてみると、居心地の悪い…

ロスト・シティ・レディオ/ダニエル・アラルコン(新潮社クレスト・ブックス)

最近では、二○一○年にヴィクター・ロダートの『マチルダの小さな宇宙』が受賞作に輝いたPEN/USA賞だが、その二年前に同賞を受賞している『ロスト・シティ・レディオ』。作者のダニエル・アラルコンはペルーに生まれ、アメリカの大学に学んだというニ…

キャンバス/サンティアーゴ・バハーレス(ヴィレッジブックス)

二年前に驚きのデビュー作『螺旋』でわが国の読書界を湧かせたスペインの作家サンティアーゴ・パハーレスが帰ってきた。最新作『キャンバス』である。 天才画家のエルネストを父親に持った息子のフアン。自分も画家を志すものの挫折し、今は父の作品の管理を…

リアル・スティール/リチャード・マシスン(ハヤカワ文庫NV)

「アイ・アム・レジェンド」、「運命のボタン」と、依然映画の原作人気も衰えないリチャード・マシスンだが、前々から噂のあった「四角い墓場」もスピルバーグのドリームワークスにより映画化され、日本でも正月映画として公開された。それに合わせて、映画…

シャンタラム/グレゴリー・デイヴィッド・ロバーツ(新潮文庫)

明の時代に書かれ、今も読み継がれる大長編小説の名作四編(「水滸伝」、「三国志演義」、「西遊記」、「金瓶梅」)を称えて、中国四大奇書などという。それらに共通する大きなスケールや無類の面白さ、さらにはいくら読んでも尽きることのない長大さという…

13時間前の未来(上・下)/リチャード・ドイッチ(新潮文庫)

過去の改変とタイムパラドックスを主題にした小説は数多いが、リチャード・ドイッチの『13時間前の未来(上・下)』(新潮文庫)は、無残にも殺された妻の死を回避しようと、時間を遡りながら真犯人をつきとめていく男の物語だ。濡れ衣を着せられ警察から取…

墓場の少年 ノーボディ・オーエンズの奇妙な生活/ニール・ゲイマン(角川書店)

本誌読者の中にも、ニール・ゲイマンをSFやファンタジイの人と思って敬遠している向きがあるやもしれない。しかし、もしそうなら大きな損をしていると思う。良質な英ミステリにも通じるユーモアと達者なストーリーテリングから繰り出される長編小説の数々は…

エアーズ家の没落/サラ・ウォーターズ(創元推理文庫)

『夜愁』で文学方面に行ってしまうのかなと思わせたサラ・ウォーターズだが、新作の『エアーズ家の没落』では、堂々とジャンル小説への帰還を果たした。第二次世界大戦直後という設定は前作とほぼ同じだが、舞台をイングランド中部の田園地帯に移して、没落…

バッキンガムの光芒(ファージング3)/ジョー・ウォルトン(創元推理文庫)

『英雄たちの朝』、『暗殺のハムレット』と続いたジョー・ウォルトンの歴史改変三部作〈ファージング〉も、いよいよ『バッキンガムの光芒』がラスト。一作ごとに交代するヒロインだが、今回はオクスフォードへの進学が決まっている十八歳の少女エルヴァイラ…

音もなく少女は/ボストン・テラン(文春文庫)

ボストン・テランの『音もなく少女は』は、語り手としての作者の成長がうかがえる作品だ。デビュー作の『神は銃弾』は、異様な熱気と深い混沌が不思議な魅力ではあったけど、それに恐れをなした読者も少なくなかった。デビューから四作目にあたる本作では、…

暗殺のハムレット(ファージング2)/ジョー・ウォルトン(創元推理文庫)

ファンタジーの分野から歴史改変テーマをひっさげミステリの世界へ堂々乗り込んできた世界幻想文学大賞作家ジョー・ウォルトンの〈ファージング〉三部作の『英雄たちの朝』に続くパート2は、『暗殺のハムレット』だ。前作のハンプシャー州の古い屋敷からロ…

英雄たちの朝(ファージング1)/ジョー・ウォルトン(創元推理文庫)

世界幻想文学大賞受賞作家ジョー・ウォルトンの『英雄たちの朝』だが、この作品は歴史改変ものの三部作〈ファージング〉のパート1にあたる。第二次大戦で敵方のナチとの間に講和条約を結び、名誉ある和平を享受している終戦から九年がたったイギリスが舞台…

ミスター・セバスチャンとサーカスから消えた男の話/ダニエル・ウォレス(武田ランダムハウスジャパン)

『ミスター・セバスチャンとサーカスから消えた男の話』は、「ビッグ・フィッシュ」でおなじみダニエル・ウォレスの待望久しい新作である。落ちぶれ果てた魔術師ヘンリーが、流浪の果てにたどり着いた寂れたサーカス団。そこで彼は忽然と姿を消してしまう。 …

螺旋/サンティアーゴ・バハーレス(ヴィレッジブックス)

スペインという国籍とエンタテインメントとして型に嵌まらない面白さから、ふと数年前に紹介されたカルロス・ルイス・サフォンの「風の影」を思い起こしたりもする『螺旋』は、サンティアーゴ・パハーレスという新鋭の作家が、二十五歳の若さで書き上げた処…

高慢と偏見とゾンビ/ジェイン・オースティン&セス・グレアム=スミス(二見文庫)

この新刊が書店に並ぶや、同時に古典的な名著として名高い本家作品の方も俄に売り上げを伸ばしたとか。十九世紀のイギリス文壇を代表する作家のひとりジェイン・オースティンの代表作を、セス・グレアム=スミスが血みどろのゾンビ小説に仕立て直して話題と…

天来の美酒/消えちゃった/アルフレッド・エドガー・コッパード(光文社新訳古典文庫)

体系的な紹介を期待するのではなく、何が出てくるか判らないびっくり箱的な興味で新刊を見守っている光文社の古典新訳文庫だが、そうか、これを出したか、と唸らされたのがアルフレッド・エドガー・コッパードの『天来の美酒/消えちゃった』だ。コッパード…

ブラッド・メリディアン/コーマック・マッカーシー(早川書房)

コーマック・マッカーシーは、言わずと知れた現代アメリカを代表する主流文学系作家のひとりで、『血と暴力の国』や『ザ・ロード』が話題となり、近年わが国読者の間でも急速に注目を集めている。前記の二作のほかにも、九十年代に発表された『すべての美し…

バッド・モンキーズ/マット・ラフ(文藝春秋)

マット・ラフは、もともとSF読者の間ではスリップストリーム系の風変わりな作家として注目されてきた人のようだが、『バッド・モンキーズ』は、ミステリ・ファンにも十分対応可能な痛快なアクション小説である。矯正不能の悪者たち(すなわちバッド・モン…

レポメン/エリック・ガルシア(新潮文庫)

恐竜探偵シリーズの生みの親エリック・ガルシアの『レポメン』は、人工臓器が発達し、高価の臓器を買うためにはローンが一般化している近未来が舞台。主人公は、ローン滞納者からメスを使って手荒に臓器を回収する腕利きの取立屋(レポメン)だったが、ある…

コーパスへの道/デニル・ルヘイン(ハヤカワ文庫)

私立探偵パトリックとアンジーのシリーズや、映画にもなった『ミスティック・リバー』、最新作の『運命の日』と、長篇小説の作家として語られることの多いデニス・ルヘインだが、『コーパスへの道』では、これまで知られなかった短篇作家というもうひとつの…

匿名投稿/デブラ・ギンズバーグ(扶桑社海外文庫)

日本で作家がデビューするには新人賞に応募する場合が多いようだが、アメリカの作家の卵たちはもっぱら出版エージェントに原稿を持ち込むという。小説は本作が初というデブラ・ギンズバーグの『匿名投稿』は、このアメリカで出版界を牛耳る出版エージェント…

野望への階段/リチャード・ノース・パタースン(PHP研究所)

本国ではバリバリと新作が上梓されているというのに、新潮文庫で「ダーク・レディ」が出たのを最後に、四年以上も翻訳紹介が途絶えていたリチャード・ノース・パタースン。ファンとしてはイライラが募る日々を送っていたのだけれど、やっと二○○七年の新作『…

ワイオミングの惨劇/トレヴェニアン(新潮文庫)

トレヴェニアンの孤高ともいうべき創作姿勢は、やはり巨匠の名に値するものだろう。まさに、前作「バスク、真夏の死」から十五年ぶりの新作である『ワイオミングの惨劇』でも、今や伝説的ともなったトレヴェニアンの物語作家としての才能を見せつけてくれる…

アナンシの血脈/ニール・ゲイマン(角川書店)

売れに売れた「ダ・ヴィンチ・コード」に続く柳の下のどじょうを狙ったわけでもないのだろうが、帯に刷られた?ニューヨーク・タイムズ・ベストセラー第一位獲得!?の惹句が賑々しい。おまけに、御大スティーヴン・キングに?熱烈に太鼓判!?とまで言われた日に…

グッド・オーメンズ/ニール・ゲイマン(角川書店)

先に「アナンシの血脈」が紹介されたニール・ゲイマンが、テリー・プラチェットと組んだ作品で、そのタイトルからも察せられるであろう、映画「オーメン」を下敷きに、ハルマゲドンをめぐるてんやわんやを描いたファンタスティックな物語である。 ヨハネの黙…

ナツメグの味/ジョンコリア(河出書房新社)

「炎のなかの絵」で、元祖〈異色作家短篇集〉でも、その要の存在だったジョン・コリア。生涯にわたり、六十余編のショートストーリーをものし、エドガー賞も受賞したことがあるこの作家の作品は、ミステリファンなら幻想と怪奇、奇妙な味系のアンソロジーな…

血と暴力の国/コーマック・マッカーシー(扶桑社海外文庫)

「ザ・ロード」の作者によるミステリへの越境作。全米図書賞に輝く「すべての美しい馬」がわが国でも知られるコーマック・マッカーシーの『血と暴力の国』は、麻薬密売人たちの同士討ちの現場にゆきあたった退役軍人モスが、二百万ドルを越える現金を持ち逃…

ザ・ロード/コーマック・マッカーシー(早川書房)

昨年の積み残しから。キングの『ザ・スタンド』が疫病の流行、マキャモンの『スワン・ソング』が核戦争の勃発と、小説の中で描かれる世界の終わり方も色々だが、コーマック・マッカーシーの『ザ・ロード』をひもとく読者も、最初は主人公親子の行く手に広が…