ミッション・ソング/ジョン・ル・カレ(光文社文庫)

そのままでは難しかろうと勝手に心配していた邦題が「裏切りのサーカス」に決まったという『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』の映画化。ジョン・ル・カレの読者からは非難轟々だったとも聞くが、配給会社の担当者の苦労もしのばれる命名は悪くないと思う。それより気になるのは、あの複雑な内容を2時間ほどにどう詰めこんだかだ。近刊と聞く村上博基氏の新訳を再読し、春の映画公開に臨みたい。
さて『ミッション・ソング』は、そのル・カレによる二○○六年の作品である。コンゴ人の血をひく混血のサルヴォは、その天才的な語学力を英国諜報部のために使っていたが、あるとき彼の上司にあたる国防省の役人を経由して、混迷が続く東コンゴに平和を実現するために開催されるという代表者会議の通訳の仕事が舞い込む。しかし、主催者の民間コンサルは正体不明で、英国政府は一切関知しないという会議もどこか胡散臭い。サルヴォの心に疑惑が芽生えるが、案の定会議が始まるや、議事の進行に協力的でない出席者のひとりが拷問を受けているらしいことを盗聴で知ってしまう。
ケニアを舞台にした『ナイロビの蜂』でル・カレはその興味をアフリカへと向けたが、本作では近隣国との民族紛争や豊富な資源目当ての欧米から蹂躙が続くコンゴ民主共和国の惨状を主題としている。謀略というキーワードで現状を読者に問いかけるル・カレの小説作法は変わらないが、読者を幻惑したかつての錯綜するプロットはもはや存在せず、その分作者の正義感がストレート反映されている。例によって国家の冷徹は容赦なく描かれるが、主人公のその後にささやかな希望をのぞかせる終章が印象的。紹介のペースは遅れがちだが、やはり新作が待ち遠しい作家のひとりだ。
[ミステリマガジン2012年3月号]

ミッション・ソング (光文社文庫)

ミッション・ソング (光文社文庫)