スパイ・謀略
先ごろ出た新訳版で『羊たちの沈黙』が若い読者を獲得していると聞くが、こちらも三十七年ぶりのリニューアルで注目されるジョン・ル・カレの『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ[新訳版]』である。アップデートされた名作の再登場に拍手を送るオー…
そのままでは難しかろうと勝手に心配していた邦題が「裏切りのサーカス」に決まったという『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』の映画化。ジョン・ル・カレの読者からは非難轟々だったとも聞くが、配給会社の担当者の苦労もしのばれる命名は悪くな…
レオ・デミドフをめぐる三部作のテーマは二つある。その一つは正義の問題だ。忠誠を捧げる自国ソビエト連邦から手ひどい仕打ちを受けた主人公が、善と悪をめぐる国家の欺瞞に気づき、思いを新たに取組んだ迷宮入り寸前の連続殺人を解決へと導いていくのが第…
贔屓の作家の訃報に接する寂しさは、喩えようのないものだが、そんな読者の気持ちを少しでも癒してくれるものがあるとすれば、それは遺された作品だろう。本年一月に惜しまれて世を去ったジョー・ゴアズの『硝子の暗殺者』もそんな一冊だ。 ケニアの自然保護…
世界中のミステリ・ファンが集う〈バウチャーコン〉で、ベスト・スリラー賞に輝いたブレット・バトルズの『裏切りの代償』は、フリーランスの?清掃屋?ことジョナサン・ウィンが活躍する〈掃除屋クィン〉シリーズの第二作である。 今回舞い込んだ仕事は、ロス…
昨年来日し、インタビューやファンとの交流イベントなどを通じて日本の読者の間では一段と親しみが増したジェフリー・ディーヴァーの、ちょっとユニークな企画の新作が届けられた。『ショパンの手稿譜』(ヴィレッジブックス)は、そもそも本国のアメリカで…
フリーマントル、ラドラム、クィネルといった国際謀略小説の巨匠らの名作を数多く紹介してきた新潮文庫だが、今回新たに仲間入りしたキース・トムスンの『ぼくを忘れたスパイ(上・下)』は、これまでのスパイものの常識を破る風変わりな作品だ。主人公のチ…
すでに翻訳紹介された作品で、その実力を証明済みのオレン・スタインハウアーだが、東欧の架空の国を舞台に二十世紀の冷戦の時代を描いた連作に区切りをつけた作者が、今度は二十一世紀の世界情勢を踏まえて世に問うた作品が、『ツーリスト 沈みゆく帝国のス…
大学教授でありながら専門が歴史学の暗殺史だったことから、ルーズベルト暗殺という歴史の舞台裏に引きずり込まれてしまった前作から十六年、ラメック教授が再び登場するデイヴィッド・L・ロビンズの『カストロ謀殺指令』である。アメリカに反旗を掲げ、キ…
お懐かしやマイケル・バー=ゾウハー。途中ノンフィクションはあったが、小説としては実に十五年ぶりの復活となる『ベルリン・コンスピラシー』である。ロンドンから一夜にしてベルリンに連れ去られた老ユダヤ人の実業家プレイヴァマンは、その翌朝、警察に…
冬の時代と言われる翻訳ミステリ界だけど、今年は近年にない豊作で、この秋も読みたい新刊に事欠かない幸せな日々だ。これも、本が売れないという、出版社にとっては究極の逆境の中にあって、日夜奮闘している編集者諸氏のお陰と、まずは今月もそっと手を合…
原著刊行から四十二年ぶり。ついにこの日が来たか、という感慨にしみじみと浸りたくなる、待ち焦がれたロス・トーマスの新訳だ。『暗殺のジャムセッション』は、エドガー賞の最優秀新人賞に輝いたデビュー作『冷戦交換ゲーム』の続編で、もちろんマッコーク…
ロバート・J・ランディゲージ編のアンソロジー「殺しのグレイテスト・ヒッツ」の収録短編などでその名を見かけた読者も多いと思うケヴィン・ウィグノールだが、『コンラッド・ハーストの正体』で長編初登場。すご腕の殺し屋コンラッドが、あるとき長年手を染…
創刊してまだ間もないけれど*1、ソニー・マガジンズの<ヴィレッジブックス>はなかなかユニークな路線を狙っているようで、今後が楽しみな叢書だ。バリー・アイスラーの『雨の牙』もその一冊だが、東京を舞台に、殺し屋が政治がらみの謀略に巻き込まれた女…
リーガル・フィクションの分野で、人間ドラマを重視したり、思索的だったりする作風を、わたくし的には勝手に「人生派」と呼ぶことにしているが、その人生派の代表格ともいうべきリチャード・ノース・パタースンの新作は、なんとリーガル・フィクションでは…