裏返しの男/フレッド・ヴァルガス(創元推理文庫)

『青チョークの男』以来ほぼ六年ぶりの翻訳紹介となるフランスの才媛フレッド・ヴァルガスの『裏返しの男』である。作者には、もうひとつ〈三聖人シリーズ〉があるが、本作は現在も書き続けられているパリ第五区警察署長アダムスベルグ警視シリーズの第二作にあたる。
フランスのアルプス地方では、羊が噛み殺されるという事件が続発していた。すわ狼男の仕業とばかりに奇怪な噂が村中を駆け巡る中、犯人は変わり者食肉業者だと指摘した女牧場主の死体が、狼に噛み殺されたとしか思えない状況で発見される。被害者が知り合いだったことから、村に滞在中の音楽家カーミユは、狼の研究のためにやってきていたカナダ人の恋人のローレンスがとめるのも聞かずに、復讐に燃える牧場主の養子と老羊飼いとともに、逃げた犯人の追跡に乗り出す。
フレンチ・ミステリと聞くと、ついエスプリという言葉を連想してしまうが、本作はまさにその言葉に恥じない閃きに満ちた本格ミステリだ。犯人と目される人物を追って、どこに至るともしれない旅が繰り広げられていく三人の珍道中が腹を抱える愉快さだが、やがて事件が連続殺人に発展し、彼らの手には負えないと判断したカーミユのSOSを受け取ったアダムスベルグ警視が登場するや、そこからの急展開が見事。狼たちの生態や狼男をめぐる伝説などのガジェットが、まるで惑星のようにメインの謎を魅力的にとりまき、かつて恋人で、今もカーミユに恋焦がれる警視のやきもきする姿が読者の頬を緩ませる。このシリーズのさらなる紹介を心から待ち望む。
[ミステリマガジン2012年3月号]

裏返しの男 (創元推理文庫)

裏返しの男 (創元推理文庫)