2015年のミステリ映画をふり返る

日本推理作家協会の協会報(年に8回発行される)にミステリ映画時評を連載していて、年末年始の時期にはその年をふり返り、年間のベスト作を挙げている。昨年分も、つい先頃載ったばかりだが、ちょっと補足しておきたい事もあるので、ここに書いて一応の完全版としたい。(とはいえ、見逃している作品もあったりして、心許ないことこのうえないが、どうかご容赦いただければと思う)
 まずは、ベストテンを。とはいえ、面白く観た作品はすべてを挙げたいので、毎年、作品数は変動する。今年は12作あって、それ以上を削るのは難しく、ベストダズンになった。(ちなみに、いわゆる原作もの、映画祭などの限定上映作はダズンに含めず、後刻、別記するとしたい)

1.『薄氷の殺人』ディアオ・イーナン監督
2.『女神は二度微笑む』スジョイ・ゴーシュ監督
3.『チャンス商会 初恋を探して』カン・ジェギュ監督
4.『君が生きた証』ウィリアム・H・メイシー監督
5.『共犯』チャン・ロンジー監督
6.『黄金のアデーレ 名画の帰還』サイモン・カーティス監督
7.『マジック・イン・ムーンライトウディ・アレン監督
8.『顔のないヒトラーたち』ジュリオ・リッチャレッリ監督
9.『ロスト・フロア』パトクシ・アメズカ監督
10.『二重生活』ロウ・イエ監督
11.『技術者たち』キム・ホンソン監督
12.『ヴィジット』M・ナイト・シャマラン監督

 協会報での作品の並びは観た順だが、一応ランキングにしてみた。基準はあくまでわたしの好みでしかないが。
 ちょっとびっくりなのが、3位までをアジア映画が占めてるってことか。この分野でも、アジア圏の健闘は素晴らしい。わが日本映画が入ってこないのが、なんとも寂しい限りだが。
 トップの『薄氷の殺人』は、ベルリン映画祭の金熊賞と男優賞という折り紙付きで、不良警察官のリャオ・ファンが洗濯屋の女グイ・ルンメイに勝手に眩惑されていく、いうなれば個性派ノワールだ。中国の各地で死体のパーツが見つかるという冒頭の謎が面白いし、スケートリンクや観覧車の中など、主人公らをめぐる忘れがたいシーンも多い。邦題も、ヘタレなものが多いなかで、この命名は絶妙だと思う。
 2〜4は、巧妙に足もとをすくわれた作品が3つ。3作の中で、もっともミステリ的なのがインド発の『女神は二度微笑む』で、クライマックでびっくり仰天した。一応フェアプレイ、というか伏線は張ってあって、それを見抜いた方もいらっしゃるそうだから、わたしが騙されやすい体質なのかもしれぬ。『チャンス商会』も、中盤の不意討ちがあまりに巧妙で、そこから見えてきたもう一つの違った景色に唖然としながら、思わず涙が出ました。このあざとさは、韓国映画ならではだよなぁ。
『君が生きた証』は後述するとして、ダズンの半分にあたるアジア圏の作品の話を続けると、台湾映画の『共犯』は、前年の東京国際映画祭(TIFF)で上映されたのを見逃していたので、公開されて大喜びした。瑞々しくもほろ苦い青春映画で、立ちこめるミステリ色も期待を裏切らなかった。TIFFでの上映作といえば、チャン・ビンジエン監督の『北北東』という中国映画もあったが、現時点で未公開。これまた見逃しているので、再上映の機会が早く巡ってくると嬉しい。
 中国の作品では、ロウ・イエが重婚という社会問題(作中に描かれるケースが、彼の国では頻発しているとのこと)に切り込んだという『二重生活』も面白かった。冒頭から、交通事故のシーンで一気にたたみ掛けてくる。もうひとつ、韓国の池畑慎之介(と勝手にわたしが思っている)キム・ウビンが天才的な金庫破りを演じる『技術者たち』は、スティング型ともいうべき作りに大きな爽快感があった。
 さて、『君が生きた証』だが、マシュー・マコノヒー主演の『リンカーン弁護士』にもちょい役で顔を出していたウィリアム・H・メイシーがメガホンを取ったこの映画のミスリードは、なんとも衝撃的。叙述トリックが使われているという情報を聞きつけ、旅先の大阪で映画館に飛び込んだが、観て正解だった。
 ナチス災禍の傷跡が深いヨーロッパでは、先の大戦の悔恨を忘れまいとする姿勢が映画の世界にも依然色濃く窺える。『顔のないヒトラーたち』はその方面の収穫のひとつで、アウシュビッツ裁判へと至る戦後ドイツの世相を振り返るとともに、そこに上質のサスペンスをまぶしている。家族の思い出を胸にひめる一女性が、ナチスに奪われた美術品を取り戻すため、国家という大きな存在に立ち向かう『黄金のアデーレ』の質の高いエンタメ性も買いだ。ヘレン・ミレンの凛とした佇まいと新米弁護士のライアン・レイノルズが成長していく姿が印象的だ。
 12作の外だが、ナチス関連では、ユベール・モンティエの『帰らざる肉体』を原作に仰ぐ、クリスティアン・ペッツォルト監督の『あの日のように抱きしめて』も、忘れがたい。『東ベルリンから来た女』に続きヒロインのニーナ・ホスの存在感はこの作品でも強烈だ。
 ミステリ映画の発信地として侮れないスペインからは、パトクシ・アメズカ監督の消失もの『ロスト・フロア』が出色。シャマランのマジック復活ともいうべき『ヴィジット』は、その可能性に気づきながら、濃い口の演出にまんまと引き込まれ、監督の術中にはまってしまったのであった。
(この項つづく)