【アーカイブス】

荒涼の町/ジム・トンプスン(扶桑社海外文庫)

ここのところの地道な翻訳紹介によって、犯罪小説の巨匠ジム・トンプスンの全貌が明らかになりつつあるのは嬉しいことだ。新訳の『荒涼の町』は、なんと「おれの中の殺し屋」の問題の人物ルー・フォードが、再び読者の前に登場する。 テキサスの田舎町に、前…

深夜のベルボーイ/ジム・トンプスン(扶桑社)

かつてはスティーヴ・マックイン主演の映画の原作として刊行された「ゲッタウェイ」と「内なる殺人者」くらいしか読めなかったジム・トンプスンだが、ここのところぽつりぽつりと翻訳も増え、ようやくこの伝説の作家から幻という謎めいたベールが剥がれつつ…

失われた男/ジム・トンプスン(扶桑社海外文庫)

ジム・トンプスンの「死ぬほどいい女」は、「内なる殺人者」(「おれの中の殺し屋」)とは別の意味でトンプスンという作家の代表作だと思っているが、『失われた男』もそれと同年の一九五四年に上梓されている。 主人公のブラウニーは、アルコールに溺れる日…

路上の事件/ジョー・ゴアズ(扶桑社文庫)

ジョー・ゴアズといえば、一般には映画にもなった「ハメット」の原作者として、ミステリ・ファンにはDKA(ダン・カーニー探偵事務所)シリーズの作者として馴染みのある作家だけれど、すでに過去の人だと思っている方が多いのではないか。実はわたしもそ…

出走/ディック・フランシス(ハヤカワ文庫)

全盛期は年に一度届けられる読者への贈り物だったフランシスの長篇だが、晩年はそれに替わって短篇集が届けられた年もあった。 新刊を手にとって、いつになく薄っぺらなのに驚き、あれれ大丈夫かな、と思ったディック・フランシスの前作「騎乗」から、ほぼ一…

敵手/ディック・フランシス(ハヤカワ文庫)

「再起」以降は、実質息子フェリックスの作であることは公然の秘密だとして、生涯のパートナーであり、創作にも手を貸していたといわれるメアリー(2000年に死去)がどの作品に協力していたかは明かされていない。ともあれ、1997年に出たこの「敵手」は、フ…

祝宴/ディック・フランシス&フェリックス・フランシス(早川書房)

『祝宴』は、復活した新生ディック・フランシスの第二弾。怪しいと思っていたがやはり合作者がいて、今回から息子のフェリックス・フランシスも連名でクレジットされるようになった。今回は馬の調教師を父親に持ちながらシェフとして成功した主人公が、自分…

再起/ディック・フランシス(ハヤカワ文庫)

新競馬シリーズ(あえてそう呼ぶ)の第一弾。以下にも懐疑的に書いたように、正直ファンにはいかにも不自然な復活に映ったが、後の展開から考えると、息子のフェリックスが手を貸して、いやほとんど彼の作品であったことは間違いのないところ。とはいえ、こ…

死のオブジェ/キャロル・オコンネル(創元推理文庫)

「クリスマスに少女は還る」がリリースされた時点でキャロル・オコンネルの名を記憶していた読者がいたとするならぱ、その人は相当のミステリ通だろう。それくらいに、オコンネル作品の初紹介は地味で目立たないものだった。その作品とは、九四年に竹書房文…

アマンダの影/キャロル・オコンネル(創元推理文庫)

キャロル・オコンネルのマロリーものの第二作にあたる『アマンダの影』。前作の「氷の天使」で停職をくらっていたマロリーだが、彼女のブレザーを身に付けた死体が発見されたことから、捜査の第一線に復帰する。遺された手がかりである未刊の私小説原稿をめ…

氷の天使/キャロル・オコンネル(創元推理文庫)

翻訳者の務台夏子さんが、本日の〈翻訳ミステリー大賞シンジケート〉で『少女はクリスマスには還る』をイチおしとして取り上げているが、それによると新作の翻訳紹介が待機しているらしいキャロル・オコンネル。久々の登場に期待が膨らむオコンネルの旧作と…

ロード・キル/ジャック・ケッチャム(扶桑社海外文庫)

さまざまな職業を転々とした挙げ句に、小説を書いてみたらあたったなんて、作家の略歴の定番みたいなものだし、同じ英語圏でも大西洋を挟んでイギリスとアメリカの両国で刊行された作品の書名が異なるというのも、クラッシク・ミステリの時代からよくあるこ…

オフシーズン/ジャック・ケッチャム(扶桑社海外文庫)

ジャック・ケッチャムの『オフシーズン』である。ケッチャムがいわゆる鬼蓄系の作風を有しながら、その実、堂々たる小説の書き手であることは、熱心なホラー・ファンならすでにご存知だと思う。本作は、そのケッチャムが世に出るきっかけとなった幻のデビュ…

隣の家の少女/ジャック・ケッチャム(扶桑社海外文庫)

最近掲載された広告を見ると、なんでも10万部を突破だとか。本書が隠れたベストセラーとはちと怖い気がするが、映画の公開を目前にひかえ、それを記念してケッチャム作品のアーカイブを三作紹介します。 良識派が眉をしかめる中、じわじわとその評価を高め…

衣裳戸棚の女/ピーター・アントニイ(創元推理文庫)

古典リヴァイヴァルの追い風に乗って登場したピーター・アントニイの『衣裳戸棚の女』という作品。わが国のファンの間ではあまり知られてないが、海の向こうでは「戦後最高の密室ミステリ」という評価もあって、映画「探偵スルース」や「アマデウス」でお馴…

壁に書かれた預言/ヴァル・マクダーミド(集英社文庫)

イギリスの文壇では、ショートストーリーという形式は絶滅危惧種と言われており、危機を唱える作家たちによるキャンペーンも行われているという。『殺しの儀式』で英国推理作家協会(CWA)からゴールドガダー賞を授けられているヴァル・マクダーミドも、その…

紫雲の怪/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

ロバート・ファン・ヒューリックが七世紀唐の国に実在したと言われるディー判事をモデルに描くシリーズも、未紹介長編のお蔵出しとしては、この『紫雲の怪』がいよいよ最後になるという。時系列では、「中国迷宮殺人事件」の半年後の物語。西の辺境、蘭坊の…

白夫人の幻/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

ロバート・ファン・ヒューリックのディー判事シリーズを地道に紹介してくれる〈ハヤカワ・ミステリ〉だが、『白夫人の幻』で八冊を数える。今回は、勇壮なボートレースで幕をあける。龍船競争と呼ばれるそのレースは、藩陽の町で端午の節句を祝って催される…

五色の雲/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

ポケミスのお陰で、再びロバート・ファン・ヒューリックの評価が、静かに、しかし確実に高まってきているのが嬉しい。『五色の雲』は、ディー判事ものを八篇収めている。 表題作は、ディー判事が公職につき、初めて赴任した先である東海のほとり、平来(ぽん…

紅楼の悪夢/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

ここのところ、新訳が出るたびに、本欄で欠かさずに取り上げているロバート・ファン・ヒューリックである。一読者としては、このディー判事シリーズの現在のひどい絶版、品切れ状況はまことに嘆かわしく*1、出来ることなら版元、版型を揃えて、シリーズ一冊…

観月の宴/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

あちこちの出版社から断続的に紹介されてきたヒューリックだけれど、ここのところポケミスが、その紹介の虫食いを埋めるような形で未訳作品を刊行してくれており*1、密かに声援を送っている。今回の『観月の宴』は、先にポケミスに収録された「真珠の首飾り…

雷鳴の夜/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

ロバート・ファン・ヒューリックの「真珠の首飾り」が、突然紹介されたのが、2001年の初め。ずいぶんと懐かしい思いに浸らせてもらったが、やや時間をおいて同じシリーズの『雷鳴の夜』が出た。*1どうやら、ポケミスはディー判事ものをシリーズものとして継…

ウィッチフォード毒殺事件/アントニー・バークリー(晶文社)

1926年に発表された『ウィッチフォード毒殺事件』は、「レイトン・コートの謎」に続くロジャー・シェリンガムが探偵役を務めるシリーズものの第二作で、砒素を使った夫殺しの謎にシェリンガムが挑む。作者のアントニー・バークリーは、実際あった殺人事件に…

地下室の殺人/アントニイ・バークリー(国書刊行会)

〈世界探偵小説全集〉の第12巻は、英本格の最高峰アントニイ・バークリーの巻で、黄金の三〇年代初頭に書かれた「地下室の殺人」である。新居に越してきた新婚夫婦が地下室で事もあろうに死体を発見してしまう。前半は、白骨化した女性の死体の身元を明らか…

レイトン・コートの謎/アントニー・バークリー(国書刊行会)

アントニー・バークリーの諸作品は、古典でありながら、遥かな時を越え現代のミステリ・ファンに今も新鮮な驚きをもたらしてくれる。記念すべきデビュー作である『レイトン・コートの謎』もその例外ではない。この作品は、名探偵でありながらミステリ史上も…

被告の女性に関しては/フランシス・アイルズ(晶文社)

アントニイ・バークリーの未紹介作品を中心に、パーシヴァル・ワイルドやヘレン・マクロイなどの魅力的なラインナップで旗揚げされた<晶文社ミステリ>。もともと海外文学の紹介には定評のある出版社らしいミステリ叢書だった。 その一冊、フランシス・アイ…

プリーストリー氏の問題/A・B・コックス(晶文社)

「毒入りチョコレート事件」や「試行錯誤」というビンテージ級の作品を書いたアントニー・バークリーという作家が、その翻訳紹介数になるとわずかに片手で足りてしまうというかつてのお寒い状況を怪訝な思いで眺めていたファンは多いと思う。しかし、バーク…

高く孤独な道を行け/ドン・ウィンズロウ(創元推理文庫)

ご存知、ニール・ケアリーもののパート3『高く孤独な道を行け』である。「仏陀の鏡への道」で中国に足止めをくらっていたケアリーが、義父グレアムの差し伸ベた救いの手で帰国するところから物語は始まる。今回の任務は、父親に誘拐された二歳の男の子を連…

仏陀の鏡への道/ドン・ウィンズロウ(創元推理文庫)

ドン・ウィンズロウの『仏陀の鏡への道』である。元ストリート・キッドの主人公ニールが、ワイズクラックならぬ減らず口をただきながら、上院議員の娘捜しの仕事に不器用な軽快さでロンドンを弄走した前作は、ハードボイルドという既成のパターンに収まらな…

死の舞踏/ヘレン・マクロイ(論創社)

「暗い鏡の中で」で知られるヘレン・マクロイも、昔に較べれば随分と翻訳紹介が進んだ感があるけれど、しかしまだまだ気になる欠落は多い。今回、紹介の運びとなった『死の舞踏』もそのひとつで、本作はマクロイのデビュー作であるとともに、レギュラー探偵…