死の舞踏/ヘレン・マクロイ(論創社)

「暗い鏡の中で」で知られるヘレン・マクロイも、昔に較べれば随分と翻訳紹介が進んだ感があるけれど、しかしまだまだ気になる欠落は多い。今回、紹介の運びとなった『死の舞踏』もそのひとつで、本作はマクロイのデビュー作であるとともに、レギュラー探偵である精神分析医ベイジル・ウィリングが初登場する作品でもある。
雪が降り積もる冬のニューヨークの路上で、若い女性の奇妙な死体が発見されるのが発端。社交界へのデビューが予定されているその女性の死体は、なぜか熱をおびていた。捜査にかかわることになったウィリングは、やり手の継母が計画した替え玉の企みを見破り、事件の背景に広がる不可解な謎を解き明かしていく。
面白いのは、初めて読者の前に姿を現すウィリングが、推理にあたって精神分析の理論に固執する箇所で、時代的背景や後年のシリーズの展開を思いうかべると、なるほどと思わせる。また、被害者と入れ替わった女性が、周囲から追いつめられていくくだりは、後にマクロイが得意とするニューロティックなテイストを予感させる面白さがある。謎解きにやや難があり、出来からいえば第二グループに属する作品だが、この作家らしさが随所にあり、まだ見ぬマクロイをもっと読んでみたいという気分にさせられる。
[本の雑誌2006年9月号]

死の舞踏 (論創海外ミステリ)

死の舞踏 (論創海外ミステリ)