白夫人の幻/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

ロバート・ファン・ヒューリックのディー判事シリーズを地道に紹介してくれる〈ハヤカワ・ミステリ〉だが、『白夫人の幻』で八冊を数える。今回は、勇壮なボートレースで幕をあける。龍船競争と呼ばれるそのレースは、藩陽の町で端午の節句を祝って催される行事で、各船がしのぎを削るレースのクライマックスに、ひとりの選手が急死を遂げる。レースを観戦していたディー判事は、事件を調査するためにお忍びで町に出るが、そこでまたもや若い女性が殺される事件に遭遇してしまう。
長編小説としてはいつも短めのディー判事シリーズだが、その魅力を一口で言うなら、オーソドックスながら上質な謎解きと、きわめて豊かな物語性が凝縮された小説ということになるだろう。今回の『白夫人の幻』も、一見なんのつながりもない二つの事件から、やがて関連性が浮かび上がり、宮廷から消え失せた真珠をめぐる古の言い伝えや河神の伝説などが渾然一体となって、終盤へと雪崩れ込んでいく。そのクライマックスは、まさに多重解決の嵐ともいうべき展開で、ファンに十分な満足感を与えてくれる。
[本の雑誌2006年10月号]

白夫人の幻 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1789)

白夫人の幻 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1789)