紫雲の怪/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

ロバート・ファン・ヒューリックが七世紀唐の国に実在したと言われるディー判事をモデルに描くシリーズも、未紹介長編のお蔵出しとしては、この『紫雲の怪』がいよいよ最後になるという。時系列では、「中国迷宮殺人事件」の半年後の物語。西の辺境、蘭坊の地で知事をつとめる判事は、たまたま通りかかった骨董店で手に入れた小箱を第一夫人の誕生祝いのプレゼントにしようと思っていたところ、その中から一片の不可解なメモが出てくる。そこには、翠玉という署名とともに、「助けにきて」という不穏なメッセージが書かれていた。
一方、町の郊外にある荒れ果てた寺で、一体の男の死体が見つかった。男は、地元では有名なやくざ者で、前日の晩、喧嘩をしていたという仲間のひとりが容疑者として逮捕される。しかし死体は首を切られており、仲間割れにしては妙だということから捜査に乗り出したディー判事は、死体検分の結果、首と胴体は別人のものであることを割り出す。そんな折、先の小箱のメッセージにあった翠玉とは、引退した州長官の娘で、彼が迎えた後妻との折り合いが悪く家出し、行方不明になっていたことが判る。やがて、ふたつの事件は郊外の廃寺を介して繋がりがあることが見えてきて。
博覧強記と凝りに凝った翻訳で読者を唸らせる訳者の和爾桃子さんがあとがきに曰く、シリーズの三本指に入る傑作。わたしも同感で、ディー判事の片腕馬栄が捜査に奔走し、二つの異なる事件がやがてシンクロしてくる面白さに加えて、終盤、奥の手の多重解決の中で、いくつもの選択肢をあっさりと披露してしまうあたりも余裕たっぷり。異なった個性を発揮する判事の三人の夫人たちの描き分けも面白い。
[ミステリマガジン2008年4月号]

紫雲の怪 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1809)

紫雲の怪 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1809)