再起/ディック・フランシス(ハヤカワ文庫)

新競馬シリーズ(あえてそう呼ぶ)の第一弾。以下にも懐疑的に書いたように、正直ファンにはいかにも不自然な復活に映ったが、後の展開から考えると、息子のフェリックスが手を貸して、いやほとんど彼の作品であったことは間違いのないところ。とはいえ、この完成度の高さは素晴らしいもので、まさにフランシス親子にはストーリーテラーの血統を感じずにはおれない
六年前の新刊「勝利」を手にしたとき、これが最後のディック・フランシスだと思っていた読者は多いだろう。わたしもそのひとりで、おそらくはシリーズで最低の出来映えの作品を読みながら、それでも競馬シリーズを読めなくなる予感に寂しい思いをした記憶がある。
しかし、人生は何が起きるか判らない。あのフランシスが帰ってきたのだ。それも、ほぼ全盛期のクオリティを誇る作品を引っさげて。御歳おそらく八十六歳。広いミステリ界には九十歳を越えてから新刊を出したフィルポッツの例もあるが、しかし常識で考えれば、これはまさに奇跡に近い。
その『再起』は、なんとシッド・ハレーものである。シッドが読者の前に初登場したのは「大穴」だったが、障害レースの元チャンピオンだった彼は、競技中の事故で片腕を失ったことにより騎手生命を断たれ、競馬関係の調査を生業とするようになった。このシッドは、読者からの人気も上々で、フランシスは「利腕」と「敵手」で再登場のアンコールに応えている。
今回は、さる上院議員からシッドのもとに、持ち馬の八百長疑惑にまつわる調査が舞い込む。騎手と調教師が自分の馬を勝たせないようにしているのではないか、と依頼人はいう。ところが、その直後に騎手が競馬場で射殺され、容疑者として取調べを受けた調教師も、自宅で自殺してしまう。事件に不審を抱いたシッドは、騎手の父親の頼みもあって、事件の調査を始める。
主人公の弱点として登場する恋人のマリーナが暴力的な事件に巻き込まれていくのは定石だとしても、彼女の存在や義父のチャールズを介して、前妻のジェニイとの長年のしこりを解いていくあたりの物語の展開に、フランシスの円熟した小説作法を感じる。前作から引き継ぐ〈ザ・パンプ〉との確執が、どう変化していくかも、面白いところだ。
インターネット上でのギャンブル・ネタまで取り込もうとするフランシスはまさに意欲満々だが、謎が謎を呼ぶイントロや手に汗を握るクライマックスのカタルシスには、往年のフランシスを彷彿とさせるものがある。何があったかは知らないが、ベテラン作家の驚くような復調ぶりには、惜しみない拍手を送りたい。
本の雑誌2007年2月号]

再起 (ハヤカワ・ミステリ文庫 フ 1-41)

再起 (ハヤカワ・ミステリ文庫 フ 1-41)