地下室の殺人/アントニイ・バークリー(国書刊行会)

〈世界探偵小説全集〉の第12巻は、英本格の最高峰アントニイ・バークリーの巻で、黄金の三〇年代初頭に書かれた「地下室の殺人」である。新居に越してきた新婚夫婦が地下室で事もあろうに死体を発見してしまう。前半は、白骨化した女性の死体の身元を明らかにしていくスコットランドヤードのモーズビー首席警部の地道な捜査、そして後半は、被害者が殺害されるに至った経過と犯人を思索する小説家で素人探偵のシェリンガム氏の華麗な推理。構成は二部仕立てになっている。
後半の冒頭に、シェリンガム氏の小説の草稿が挟まれ、そこから事件の背景が明らかにされていくという手法がユニークだ。しかし、この作品の真の狙いは、解説の真田氏が指摘しているように、警察の地道さと名探偵の閃きの対比だろう。好対照に描かれるプロ対アマチュアの構図を浮かび上がらせる本作は、いかにも謎ときミステリにとって最良の時代を彷彿とさせる。推理の冴えという点では、バークリーの作歴にあっては特筆すべきものではないが、英ミステリの古き良きスタンダードが本作にはある。
本の雑誌1998年10月号]