仏陀の鏡への道/ドン・ウィンズロウ(創元推理文庫)

ドン・ウィンズロウの『仏陀の鏡への道』である。元ストリート・キッドの主人公ニールが、ワイズクラックならぬ減らず口をただきながら、上院議員の娘捜しの仕事に不器用な軽快さでロンドンを弄走した前作は、ハードボイルドという既成のパターンに収まらない新鮮さが良かった。
個人的には、そのはみ出し具合に、物語作家としての資質を見ていたのだけれど、どうやらそれは正解だったようだ。前作の幕切れを受けて、ヨークシャーで隠遁生活を送っていた主人公が、久々に持ち込まれた仕事によって、サンフランシスコを足がかりに、香港、果ては中国へと駆り立てられていくお話は、わくわくするような冒険精神と、波瀾万丈の面白さがたっぷりと盛られている。
一途な無鉄砲さで、事件に深入りしていく、主人公の繊細さと強さを併せ持ったキャラクターも健在だ。思い込んだら後にはひけない性格の持ち主が、傷つきながらも少しずつ成長していく物語は、二作目ながらまだ初々しさをたたえている。
中国の裏の歴史を背景に配すアジアに対する造詣の深さにも感嘆する一方、切ない恋物語に涙もする。後半、舞台が異国へと飛ぶ意表をつく展開もいい。いやはや、読み手のハートを鷲づかみにするこの物語の面白さは本当に素晴らしい。
[本の雑誌1997年5月号]

仏陀の鏡への道 (創元推理文庫)

仏陀の鏡への道 (創元推理文庫)