プリーストリー氏の問題/A・B・コックス(晶文社)

「毒入りチョコレート事件」や「試行錯誤」というビンテージ級の作品を書いたアントニー・バークリーという作家が、その翻訳紹介数になるとわずかに片手で足りてしまうというかつてのお寒い状況を怪訝な思いで眺めていたファンは多いと思う。しかし、バークリーの作品のほとんどを日本語で読めてしまう、という昨今の勢いも、凄いと言わざるをえない。なにせ、A・B・コックス名義の『プリーストリー氏の問題』まで出てしまうのだから。
この作品は、バークリーでも、アイルズでもない名義となっていることからも察せられるように、基本的にはミステリではない。しかし、バークリーの作品には弛まぬユーモアが欠かせなかったことを思い起こしていただければ判ると思うが、洒脱なユーモアを操ることにかけては一流のバークリー=コックスがコメディセンスを発揮した小説である。友人にそそのかされて中年男が、ひとりの女性との出会いをきっかけに、人生の冒険へと乗り出していく。実は、それは友人連中の悪巧みにより仕組まれたものだったが、そうとは知らない主人公は、思わぬ騒動に巻き込まれていく。
さすがに古色蒼然たることは否めないが、古き、良きコメディ映画を彷彿とさせる心地よさがある。ミステリ味は希薄だが、作者のシニカルなセンスが前面に出てくるあたりは、さすがバークリー。彼の読者であれば、読んで損はない作品だと思う。
本の雑誌2005年3月号]

プリーストリー氏の問題 (晶文社ミステリ)

プリーストリー氏の問題 (晶文社ミステリ)