壁に書かれた預言/ヴァル・マクダーミド(集英社文庫)

イギリスの文壇では、ショートストーリーという形式は絶滅危惧種と言われており、危機を唱える作家たちによるキャンペーンも行われているという。『殺しの儀式』で英国推理作家協会(CWA)からゴールドガダー賞を授けられているヴァル・マクダーミドも、その運動に参加しているひとりだそうで、短編の復権を訴えるアンソロジーの編集に携わったり、作品を提供しているようだ。『壁に書かれた預言』は、そんなマクダーミドの初の短編集である。
架空の町を舞台に恋人たちをスケッチのように描いた冒頭の「ミッテル」を皮切りに、収録作は、全部で十九作。表題作は、暴力をふるう恋人の悩みについて書かれたひとつのトイレの落書きが、まるでネット上の掲示板のように、さまざまな書き込みで次々とエスカレートしていく話で、最後に待ち受ける悲惨な結末がなんとも痛々しい作品。また、「帰郷」は、先に述べたアンソロジーにも収録された作品で、ホームパーティの準備をしながら夫の帰りを待つ主婦が、たまたまラジオから流れてきた懐かしい声に過去の記憶を呼び戻されていくというロマンチックな物語だ。
ひとつひとつが短く、ショートショートに近い作品も多い。それなりにバラエティにも富んでいて、これまで長編作家の印象が強かった作者のもうひとつの顔を窺うことができる。ファンには、シリーズキャラクターのケイト・フラナガンが登場する「疾走」や「善意の罠」が嬉しいに違いないが、個人的にはミステリ作家としての本領を発揮した「油断大敵」や「得がたい伴侶」などで足許を掬われる作品が快感だ。
[ミステリマガジン2008年4月号]

壁に書かれた預言 (集英社文庫 マ 7-10)

壁に書かれた預言 (集英社文庫 マ 7-10)