紅楼の悪夢/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

ここのところ、新訳が出るたびに、本欄で欠かさずに取り上げているロバート・ファン・ヒューリックである。一読者としては、このディー判事シリーズの現在のひどい絶版、品切れ状況はまことに嘆かわしく*1、出来ることなら版元、版型を揃えて、シリーズ一冊目からきちんと手にとることができるようにすべきだと常々思っている。例えば、エリス・ピーターズのカドフェル・シリーズのようにね。だから、ここのところのポケミスには大いに感謝している。
今回の『紅楼の悪夢』は、前回紹介した「観月の宴」の中でも、少しだけ触れられていた事件である。楽園島という歓楽の都を通りかかったディー判事は、友人のルオ知事に事件を押し付けられる。紅色で統一された部屋での自殺事件だった。死んだ学者は、町一番の娼妓にふられた失意の中で命を絶ったという。しかし、当の娼妓が全裸の死体で発見されるに至って、事件はやっかいな様相を呈しはじめる。
例によってだが、短い中に、味のあるエピソードと、ミステリ的なはなれわざがきちんと収まった、優れたミステリのお手本のような作品である。今回も、脇役である副官の馬栄の泣かせるエピソードがあったり、過去の事件が現在の事件に不気味にシンクロする展開があったりと、なかなかの出来映えになっている。ちょっとだけ顔を出すルオ知事の憎めないキャラクターも愉快だ。
(本の雑誌2004年8月号)

紅楼の悪夢 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

紅楼の悪夢 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

*1:過去を振り返ると、東都書房、中公文庫、ちくま文庫、(大日本雄弁会)講談社講談社文庫、グーテンベルク21(電子出版)などの版があった。