被告の女性に関しては/フランシス・アイルズ(晶文社)

アントニイ・バークリーの未紹介作品を中心に、パーシヴァル・ワイルドやヘレン・マクロイなどの魅力的なラインナップで旗揚げされた<晶文社ミステリ>。もともと海外文学の紹介には定評のある出版社らしいミステリ叢書だった。
その一冊、フランシス・アイルズの『被告の女性に関しては』は、海辺の町に療養にやってきた詩人志望の青年が、ふとしたことから人妻とただならぬ仲になってしまう。魅力的な年上の女性への愛にのめりこんでいく主人公。しかし、彼の幸福な時間も長続きはしなかった。人妻が口にした一言が、彼をとんでもない窮地へと追い込んでいく。
フランシス・アイルズ=アントニイ・バークリーは、ミステリの歴史を語る上では欠かせない巨匠のひとりだけれど、彼の機知とひらめきに満ちた作品は、骨董品の古典とは一線を画するものが多く、現代でも通用するミステリとしての先鋭性と革新性を備えている。嘘だと思う向きは、ぜひバークリー名義の「試行錯誤」や「ジャンピング・ジェニイ」をお読みいただきたい。こんなユニークかつ捻じ曲がったミステリを書ける作家は、そうざらにはいない。おまけに、どの作品も桁外れに面白い。
本作は、アイルズ=バークリーが筆を折ったきっかけともなった作品という評判もあって、これまであまり注目を集めることがなかった。しかし、それは今回の紹介で払拭されるに違いない。アイルズ名義の作品の例にもれず、探偵役が登場しないという限りなく現代ミステリに近い内容だが、ありがちな不倫がらみの男女の三角関係をこの作者らしいいかにも意地の悪い視点から描き、シニカルなドラマに仕上げている。主人公の後日を描く続編の構想もあったというが、それが書かれずに終わったのがなんとも惜しまれる。
[本の雑誌2002年8月号]

被告の女性に関しては (晶文社ミステリ)

被告の女性に関しては (晶文社ミステリ)