深夜のベルボーイ/ジム・トンプスン(扶桑社)

かつてはスティーヴ・マックイン主演の映画の原作として刊行された「ゲッタウェイ」と「内なる殺人者」くらいしか読めなかったジム・トンプスンだが、ここのところぽつりぽつりと翻訳も増え、ようやくこの伝説の作家から幻という謎めいたベールが剥がれつつある。トンプスンの作品にはどれにも、プリミティヴな暴力性、行き場のない絶望感というあからさまな刻印が打たれているが、五四年の『深夜のベルボーイ』もその例外ではない。
年老いた父親と暮らす青年ダスティは、医師になるという夢も破れ、ホテルのベルボーイとして夜勤に明け暮れる単調な毎日を送っていた。しかし、そんな彼の前に現れたひとりの宿泊客の女性が、そんな彼の人生を一転させる。女性客には絶対に近づくなという上司からの脅しに満ちた警告も、彼女の前には無力だった。彼女のこれみよがしの誘惑に、彼はうまうまと嵌ってしまう。かくして、ダスティの転落は始まる。
ここのところトンプソンという作家の刺激にもだいぶ慣れてきたというのが正直な印象だが、とはいってもこの作家の、まるで危険物とでもしるされているかのような独特の存在感は、やはりこの作品にも色濃く立ち込めている。その毒こそが、トンプソンという作家の麻薬のような魅力なのだと思う。「ポップ1280」や「死ぬほどいい女」を読んだ読者には、既視感に捕らわれるだろうが、一度この作家に魅力に取りつかれた読者には、十分楽しめるに違いない。
本の雑誌2003年6月号]

深夜のベルボーイ

深夜のベルボーイ