出走/ディック・フランシス(ハヤカワ文庫)

全盛期は年に一度届けられる読者への贈り物だったフランシスの長篇だが、晩年はそれに替わって短篇集が届けられた年もあった。
新刊を手にとって、いつになく薄っぺらなのに驚き、あれれ大丈夫かな、と思ったディック・フランシスの前作「騎乗」から、ほぼ一年。今年のフランシスは、短編集である。今年で七十九歳という高齢がチラつくと、そろそろ長編が途絶える心配が先にたってしまうが、海の向こうではまだまだ新作が予告されているというのでひと安心。ともあれ、今年はこの短編集『出走』で我慢せざるをえないだろう。
しかし、そこはフランシスのこと、サービス精神は旺盛である。収録作品十三編のうち、五編が書き下ろし(ただし、そのうち三編はすでに〈ミステリ・マガジン〉に訳載されているが)という事を考えれば、フランシスの新刊を待ちわびる読者にとって本短編集はあながち悪い知らせではない。もちろん、フランシスお馴染みのダイナミックな冒険小説の醍醐味を望むのはないものねだりだが、しかし、達者な語りの芸は、短編でも十分にたん能できる。フランシスの全短編を俯瞰できるお買得の一冊である。
本の雑誌1999年11月号]

出走 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

出走 (ハヤカワ・ミステリ文庫)