死のオブジェ/キャロル・オコンネル(創元推理文庫)

「クリスマスに少女は還る」がリリースされた時点でキャロル・オコンネルの名を記憶していた読者がいたとするならぱ、その人は相当のミステリ通だろう。それくらいに、オコンネル作品の初紹介は地味で目立たないものだった。その作品とは、九四年に竹書房文庫から出た「マロリーの神託」である。
このニューヨーク市警のエキセントリツクな女刑事マロリーを主人公としたシリーズ第一作は、版元が翻訳ものの実績がほとんどない出版社であったことも災いしたし、さらに悪いことに、翻訳もあまりほめられた出来ではなかった。そんなわけで、オコンネルという作家とマロリーのシリーズは、わが国では正当な評価もなされないまま、新刊ラッシュの波間に呑み込まれ、忘れられていった。
そんなわけで、一昨年「クリスマスに少女は還る」のヒットがあったとはいえ、今年になって突如としてマロリー・シリーズが翻訳ミステリの老舗創元推理文庫から復活したのには、意表がつかれた。さらに驚いたのはそのシリーズの不思議な魅力に気づかされたことである。ヒロインであり、シリーズ・キャラクターのキャシー・マロリーの突出した魅カ、これには心底打ちのめされた。黙って見過ごしていたことについて、書評者としての不明を恥じたことは言うまでもない。
『死のオブジェ』は、そのマロリー・シリーズの三作めにあたる。先の「氷の天使」と「アマンダの影」は、すでに翻訳のあるものの改訳出し直しだっをか、この作品以降はすべて初紹介となる。物語のあらすじは、死体をオブジェのように扱った殺人事件をめぐって、十二年前に起こった異常殺人の関連を疑う主人公が、上司の制止を無視して傍着無人な捜査を繰り広げていく。しかし、そこは異才オコンネルのこと、一筋縄ではいかない。エキセントリックな人物たちが複雑な人間関係を織り成し、事件の根底に横たわる真相の歪な姿を浮かび上がらせていく。
人間が最低備えているべき何かが決定的に欠けているというヒロイン像は、本作でも目だって異彩を放っている。彼女の無軌道な捜査につきあうだけでも十分にシリーズの痛快な楽しみを堪能できるが、ミステリとしてのクオリティの高さも実は見逃せない。また、翻訳もリニューアルされて、以前と較べて見違える素晴らしさとなっている。シリーズがさらなる高みに上ると噂されている次作*1がとても楽しみだ。
[本の雑誌2001年11月号]

死のオブジェ (創元推理文庫)

死のオブジェ (創元推理文庫)

*1:その後、『天使の帰郷』として翻訳紹介された。期待にたがわず、シリーズのマイルストン的な傑作だった。