ロード・キル/ジャック・ケッチャム(扶桑社海外文庫)

さまざまな職業を転々とした挙げ句に、小説を書いてみたらあたったなんて、作家の略歴の定番みたいなものだし、同じ英語圏でも大西洋を挟んでイギリスとアメリカの両国で刊行された作品の書名が異なるというのも、クラッシク・ミステリの時代からよくあることだ。当然のことながら、本邦初紹介のジャック・ケッチャムの<異色さ>は、そんな事となんの関係もない。
ケッチャムの場合、アンダーグラウンドでのカルト的な支持を受けた作家が、何かをきっかけにメジャー・シーンに浮上した。そんな印象が強い。個人的には、忘れもしない今から十五年前、<ミステリマガジン>の「海外ミステリ情報」で、確か翻訳家の宮脇孝雄さんだったと思うのだけれど、この作家のデビュー作Off Season(’80)のその凄じい残酷描写を採り上げたセンセーショナルなレビューを読んで以来、この作家のことがトラウマのように頭のどこかにこびりついている。
長い間には埋もれてしまうことの多い、そんな一部の先鋭的マニアしか支持しない才能が、陽の目をみることは実に希有な例といってもいいだろう。そんな負の才能が時を経てメジャーできちんとした評価を得ること自体が、きわめて異色なのである。『ロード・キル』は、そのケッチャム九四年の作品で、アングラとメジャーの中間地点で書かれた作品とでも言ったらいいだろうか。(本作の後、ブラム・ストーカー賞を受賞、さらにはベストセラーリストにその名を連ねることになる。)そのどちらの世界の住人をも納得させる不思議なリーダビリティを備えている。
ひと口でいってしまえば、よくあるロードノベルのスタイルをとったサスペンス小説なのだが、どことなく暗く湿った異様な雰囲気が作品を支配している。別れたあとも前夫の異常な行動に悩まされる妻とその夫が、共謀して殺人を企てる。それをたまたま目撃した男は、殺人願望にとり憑かれていた。物語は、この三人の奇妙な道行を追っていく。
厳密な意味でのサイコスリラーではないし、勿論いわゆるホラーでもない。それでいて、どこか異常な空気が作品全体に充満している。そんな異様な雰囲気の正体は、殺人願望の男の狂気を、内面から見つめる作者の醒めた目にあるのではないか。そういう意味で毛色は違うが、パトリシア・ハイスミスやジム・トンプソンという先達のスタイルにきわめて近い。加えて、七〇年以降のサイコやホラーの時代をきちんと踏まえているあたりに、この作家の確固たるアイデンティティーのようなものが感じられる。
短い章割りで、淡々とした筋の運びも不気味な効果をあげている。小説作法がしっかりしている分、感覚はオフビートながら、クライム・ストーリーとして立派に通用する巧さを備えている。御大キングが褒めたというのも十分に頷ける力量である。異色作ゆえのとっつきにくさはあるやもしれぬが、読んで損のない怖さ、面白さを保証する。

ロード・キル (扶桑社ミステリー)

ロード・キル (扶桑社ミステリー)


本の雑誌1996年9月号]