野兎を悼む春/アン・クリーヴス(創元推理文庫)

舞台のシェトランド諸島は英国の一部だし、作者のアン・クリーヴスも歴とした英国作家だ。しかし、彼女の名を広くミステリ界に知らしめた〈シェトランド四重奏(ルビ:カルテット)〉は、どこか北欧の香りを湛えている。古くよりこのスコットランド北東沖の島々が北欧文化の影響を大きく受けてきたためだろうが、四部作はその移りゆく季節を鮮やかに背景におさめている。
その三作目となる『野兎を悼む春』は、老女の死で幕をあける。最初は猟銃の誤射が原因と思われたが、間もなく第二の犠牲者が出て、にわかに事件性が浮上する。部下にチャンスを与え、後方から事態の推移を見守っていたペレス警部も、コミュニティをめぐる隠された過去へと自ら分け入っていく。まさに、北欧と英国の幸福な出会い。双方の伝統と文化をいいとこ取りしたような作品に仕上がっている。
[波2011年8月号]

野兎を悼む春 (創元推理文庫)

野兎を悼む春 (創元推理文庫)