サクソンの司教冠/ピーター・トレメイン(創元推理文庫)

すでに歴史ミステリ好きにはおなじみ、アイルランド出身の作家ピーター・トレメインによる〈修道女フィデルマ〉シリーズの『サクソンの司教冠』である。いきなり第五作の『蜘蛛の巣』から紹介が始まったが、シリーズ第二作にあたる本作の翻訳紹介で最初の五つの長編がやっと出揃ったことになる。
友人であるサクソン人のエイダルフが随行する次期カンタベリー大司教ヴィガードの一行とともに、ローマを訪れたフィデルマの使命は、修道院の宗規に教皇から認可と祝福をいただくことだった。しかし接見を待つ間に、教皇候補が何者かに殺害され、貢物の宝物が盗まれるという事件が起きる。容疑者としてひとりの修道士が逮捕されるが、アイルランドとサクソン両国の対立に発展しかねない事態に、教皇の命をうけた伝奏官ゲラシウス司教は、エイダルフとフィデルマに調査を依頼する。
毎度のことながら、硬派の歴史小説を読み解くような緊張感が心地よいが、本作の舞台は、六六四年の夏も盛りを過ぎたローマだ。直前の事件である前作『死をもちて赦されん』で出会い、協力して事件の解決にあたったフィデルマとエイダルフは再びコンビを組むことになる。隙あらば教皇の座を狙おうという野心家や王家の血筋を鼻にかける誇り高き女性らによって混迷を深めていく事件の謎を、クールに解き明かしていくフィデルマの毅然とした推理が今回も印象に残るが、そんな強面のヒロインがワトスン役のエイダルフとのコンビでふと見せるユーモアと暖かな人間味は、そんな謎解きに負けないくらいに魅力的だ。
[ミステリマガジン2012年6月号]

サクソンの司教冠 (創元推理文庫)

サクソンの司教冠 (創元推理文庫)