陸軍士官学校の死/ルイス・ベイヤード(創元推理文庫)

ポオの生誕二百年からは一年が過ぎてしまったが、若き日の巨匠が登場する印象的な作品を。惜しくも受賞は逃したものの、CWAのヒストリカルダガー賞とMWAの最優秀長篇賞にもノミネートされたルイス・ベイヤードの『陸軍士官学校の死』である。
一八三○年十月、ニューヨーク市警を引退したガス・ランダーは、ウエストポイントの陸軍士官学校から呼び出しを受けた。校長の用向きは、現役時代の腕を買われての秘密の調査で、学校内で見つかった士官候補生の首吊り死体から心臓をくり抜き持ち去った犯人を探してほしいというものだった。それを受け容れたランダーは捜査を始めるが、しばらくして問題児ながらも才気煥発なひとりの青年の存在が目にとまる。彼の名は、エドガー・アラン・ポウ。彼を助手にというランダーの談判に対し、学校側は渋々それを了承するが、ふたりの捜査にもかかわらず、二人目の犠牲者が出てしまう。
ポオの報告書からなる章をまるまる文体模写するという趣向も勿論ポイントが高いが、知性の閃きと若さゆえの脆弱さが交互に顔を出すポオの多感だが陰影にとんだ若き日の姿をいきいきと描いている点が非常に印象的だ。後年ではなく、この時代に思いを馳せた作者の想像力は、見事本作の推進力になっているし、もうひとりの主人公である初老の探偵役との対比という点でも大きな効果をあげている。ポオという謎めいた人物像に相応しい本作のミステリとしての興趣にも、ため息を誘う素晴らしさがあるといっていいだろう。
[ミステリマガジン2010年10月号]

陸軍士官学校の死 上 (創元推理文庫)

陸軍士官学校の死 上 (創元推理文庫)

陸軍士官学校の死 下 (創元推理文庫)

陸軍士官学校の死 下 (創元推理文庫)