殺す手紙/ポール・アルテ(ハヤカワ・ミステリ)

リニューアル後のポケミスには、一冊ごとに変わっていく装丁デザインの楽しみが加わったが、ポール・アルテの『殺す手紙』は、黒の色調を活かした、これまた粋な装いの一冊だ。中身が一段組みというのも、ポケミス史上初の試みだという。
物語は、第二次世界大戦下のロンドン空襲により愛する妻を失ったラルフの一人称で語られていく。かつて所属した英国諜報部の友人たちをよすがとして、抜け殻のような日々を送る彼に、友人のひとりフィリップから奇妙な依頼を綴った一通の手紙が届けられる。その内容に怪訝な思いを抱きつつも、何か事情があるものと察したラルフは、その指示どおりの行動をとろうとする。しかし、警官に邪魔された挙句に、奇妙なパーティーに紛れ込むことになったラルフは、そこで死んだ筈の妻と瓜ふたつの女性を目撃し、身におぼえのない殺人事件の容疑者にされてしまう。
ツイスト博士が登場しない作品として『赤い霧』以来の紹介となる本作は、やや短めで小品の佇まいだが、そこに詰め込まれた意表をつく展開の釣瓶打ちは実に豪勢だ。ケン・フォレットの『針の目』から影響を受けたと作者が語っているようだが、物語だけでなく、プロットやトリックに至るまでが、一九四○年代の時代色と有機的に結びついており、濃密なロマンがそれを覆っている。密室や不可能犯罪という要素は見当たらないが、めまぐるしく読者を幻惑する小説の作りは、やはりこの作者ならではのものといっていいだろう。
[ミステリマガジン2010年1月号]