紳士と月夜の晒し台/ジョージェット・ヘイヤー(創元推理文庫)

ジョージェット・ヘイヤーの名は、わが国でも数冊が訳されているロマンス小説の方面ではともかく、ミステリ・ファンの間では長らく語られることがなかった。しかし、昨年ほぼ時を同じくして紹介されたウォーターズの『エアーズ家の没落』とウォルトンの『英雄たちの朝』の作中にその名が登場したことから、にわかに注目を集めたことが、本作の翻訳紹介の呼び水になったのだろう。
そのヘイヤーの代表作といわれる『紳士と月夜の晒し台』は、スコットランドヤードのハナサイド警視とヘミングウェイ部長刑事の登場するシリーズの第一作で、ロンドン近郊のアシュリー・グリーンの村で、犯罪者を晒し者にするための中世の刑具に両足を突っ込んだ紳士の刺殺死体が見つかるところから始まる。被害者はこの村のコテージを訪れたロンドンの企業経営者で、たちまちのうちに弟と妹に殺人の容疑がかけられる。しかし警察の捜査は、山ほどの動機を見つけながら、決定的な証拠に行き着くことができずに難航。さらに、死んでいると思われた故人の兄までが姿を現し、事態はますます厄介な状況に陥っていく。
なるほど、セイヤーズのお墨付きというのも納得の面白さだ。自分たちのおかれた立場などそっちのけで、陽気な容疑者たちが繰り広げる推理合戦の愉快さに腹をかかえた。そこでの試行錯誤が、必ずしも謎解きに絡んでくるわけではないが、英ミステリの叡智ともいうべき機知とユーモアがふんだんに盛り込まれていて、読者を飽かさない。滋味がありながら、黴臭さを感じさせないところもきわめてポイントが高い。
[ミステリマガジン2011年7月号]

紳士と月夜の晒し台 (創元推理文庫)

紳士と月夜の晒し台 (創元推理文庫)