本格

暗殺のハムレット(ファージング2)/ジョー・ウォルトン(創元推理文庫)

ファンタジーの分野から歴史改変テーマをひっさげミステリの世界へ堂々乗り込んできた世界幻想文学大賞作家ジョー・ウォルトンの〈ファージング〉三部作の『英雄たちの朝』に続くパート2は、『暗殺のハムレット』だ。前作のハンプシャー州の古い屋敷からロ…

説教師/カミラ・レックバリ(集英社文庫)

ラーソンの〈ミレニアム〉をめぐるお祭り騒ぎもさすがに一段落だが、三部作でスウェーデンのミステリに少しでも興味が湧いたなら、迷わずに読んでほしいのがカミラ・レックバリだ。海辺の小さな町を舞台に、伝記作家のエリカと警官のパトリックの主人公カッ…

悪魔パズル/パトリック・クェンティン(論創社)

翻訳紹介されない作品にはそれなりの理由があるものだ、とも言われるけれど、ことパトリック・クェンティンに関しては当て嵌まらない。五年前に『悪女パズル』、三年前には『グリンドルの悪夢』と、実にのんびりしたペースではあるが優れた作品の紹介が進む…

英雄たちの朝(ファージング1)/ジョー・ウォルトン(創元推理文庫)

世界幻想文学大賞受賞作家ジョー・ウォルトンの『英雄たちの朝』だが、この作品は歴史改変ものの三部作〈ファージング〉のパート1にあたる。第二次大戦で敵方のナチとの間に講和条約を結び、名誉ある和平を享受している終戦から九年がたったイギリスが舞台…

エコー・パーク/マイクル・コナリー(講談社文庫)

警察小説、ハードボイルド、ノワール、サイコスリラー、本格ものと、その持ち味をひと口に語りきれないマイクル・コナリーの作品だが、ハリー・ボッシュのシリーズを中心として枝葉を広げた登場人物のファミリー・ツリーからは、一種の大河ドラマの面白さも…

ラスト・チャイルド/ジョン・ハート(ハヤカワ・ミステリ、ハヤカワ文庫)

デビュー作の「キングの死」、続く「川は静かに流れ」と、親と子の関係を主題に、テーマの咀嚼力と物語の力を見せつけたジョン・ハートの待ちに待った三作目は『ラスト・チャイルド』という作品だ。一年前に何者かに連れ去られ、行方不明となった妹のアリッ…

死者の名を読み上げよ/イアン・ランキン(ハヤカワ・ミステリ)

章割りに凝ったこういう作品こそ、章題がひと目で見渡せる目次のページがほしいところ。イアン・ランキンの『死者の名を読み上げよ』は、アナログのレコード盤に譬えて、全体をサイド1からサイド4までの四章仕立てとし、作中でフーの「四重人格」を繰り返…

ミステリの女王の冒険 視聴者への挑戦/飯城勇三編(論創社)

先に同じ叢書から刊行された二冊のラジオドラマ集は、落穂拾いどころか、クイーンの真髄に再びふれる作品揃いに嬉しい驚きを覚えたものだが、その成功を追い風に登場となったのが、このシナリオ・コレクションと思しい。飯城勇三編『ミステリの女王の冒険 視…

ベヴァリー・クラブ/ピーター・アントニイ(原書房)

劇作や映画の脚本で有名な双子、アンソニーとピーターのシェーファー兄弟には、二十代の若かりし頃に合作チームでミステリ小説に挑戦していた時代がある。期間も短く、長編もたった三作しか残ってないが、そのひとつ『衣裳戸棚の女』の妙に人を喰ったところ…

螺鈿の四季/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

戦後間もなく出た「迷路の殺人」を皮切りに、版元や訳者を替わり、形態を変えながら紹介されてきたロバート・ファン・ヒューリックのディー判事ものだが、シリーズに未紹介の虫食いがあるのと、絶版、品切れになるケースが多いので、読者を悩ませてきた。しか…

警官の証言/ルーパート・ペニー(論創社)

いわゆる黄金時代の末期に、コリンズ社のクライムクラブ叢書から「一ペニーでパズルを」の惹句とともに売り出された作家として有名なルーパート・ペニー。近年、別名義が明らかになったと聞くが、レギュラー探偵としてスコットランドヤードの主任警部エドワ…

衣裳戸棚の女/ピーター・アントニイ(創元推理文庫)

古典リヴァイヴァルの追い風に乗って登場したピーター・アントニイの『衣裳戸棚の女』という作品。わが国のファンの間ではあまり知られてないが、海の向こうでは「戦後最高の密室ミステリ」という評価もあって、映画「探偵スルース」や「アマデウス」でお馴…

蝶の夢 乱神館記/水天一色(講談社)

非英語圏のミステリが注目を集める昨今だが、われわれ日本の読者にとってまさに灯台下暗しなのは、東アジアのミステリ事情だろう。そんな近隣諸国にスポットをあてる島田荘司選の〈アジア本格リーグ〉だが、台湾、タイ、韓国ときて第四巻は中国からの登場と…

紫雲の怪/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

ロバート・ファン・ヒューリックが七世紀唐の国に実在したと言われるディー判事をモデルに描くシリーズも、未紹介長編のお蔵出しとしては、この『紫雲の怪』がいよいよ最後になるという。時系列では、「中国迷宮殺人事件」の半年後の物語。西の辺境、蘭坊の…

白夫人の幻/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

ロバート・ファン・ヒューリックのディー判事シリーズを地道に紹介してくれる〈ハヤカワ・ミステリ〉だが、『白夫人の幻』で八冊を数える。今回は、勇壮なボートレースで幕をあける。龍船競争と呼ばれるそのレースは、藩陽の町で端午の節句を祝って催される…

五色の雲/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

ポケミスのお陰で、再びロバート・ファン・ヒューリックの評価が、静かに、しかし確実に高まってきているのが嬉しい。『五色の雲』は、ディー判事ものを八篇収めている。 表題作は、ディー判事が公職につき、初めて赴任した先である東海のほとり、平来(ぽん…

紅楼の悪夢/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

ここのところ、新訳が出るたびに、本欄で欠かさずに取り上げているロバート・ファン・ヒューリックである。一読者としては、このディー判事シリーズの現在のひどい絶版、品切れ状況はまことに嘆かわしく*1、出来ることなら版元、版型を揃えて、シリーズ一冊…

観月の宴/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

あちこちの出版社から断続的に紹介されてきたヒューリックだけれど、ここのところポケミスが、その紹介の虫食いを埋めるような形で未訳作品を刊行してくれており*1、密かに声援を送っている。今回の『観月の宴』は、先にポケミスに収録された「真珠の首飾り…

雷鳴の夜/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

ロバート・ファン・ヒューリックの「真珠の首飾り」が、突然紹介されたのが、2001年の初め。ずいぶんと懐かしい思いに浸らせてもらったが、やや時間をおいて同じシリーズの『雷鳴の夜』が出た。*1どうやら、ポケミスはディー判事ものをシリーズものとして継…

ソウル・コレクター/ジェフリー・ディーヴァー(文藝春秋)

絵画の窃盗と殺人の罪で拘置所に収容された容疑者のアーサー・ライム。彼は、ニューヨーク市警科学捜査コンサルタント、リンカーン・ライムの従兄弟だった。おりしもロンドン警視庁との共同作戦のさ中で忙しいライムだったが、アーサーの妻の懇願もあって、…

石が流す血/フランセス・ファイフィールド(ランダムハウス講談社文庫)

英国ミステリの伝統を継ぐ女性作家としては、P・D・ジェイムズやルース・レンデルの次の世代にあたるフランセス・ファイフィールドも、すでに六十歳を越え、ベテランの域にある。人間観察の濃やかな作風が読者を選ぶせいだろうか、ポケミスで出た『汚れなき…

ウィッチフォード毒殺事件/アントニー・バークリー(晶文社)

1926年に発表された『ウィッチフォード毒殺事件』は、「レイトン・コートの謎」に続くロジャー・シェリンガムが探偵役を務めるシリーズものの第二作で、砒素を使った夫殺しの謎にシェリンガムが挑む。作者のアントニー・バークリーは、実際あった殺人事件に…

地下室の殺人/アントニイ・バークリー(国書刊行会)

〈世界探偵小説全集〉の第12巻は、英本格の最高峰アントニイ・バークリーの巻で、黄金の三〇年代初頭に書かれた「地下室の殺人」である。新居に越してきた新婚夫婦が地下室で事もあろうに死体を発見してしまう。前半は、白骨化した女性の死体の身元を明らか…

レイトン・コートの謎/アントニー・バークリー(国書刊行会)

アントニー・バークリーの諸作品は、古典でありながら、遥かな時を越え現代のミステリ・ファンに今も新鮮な驚きをもたらしてくれる。記念すべきデビュー作である『レイトン・コートの謎』もその例外ではない。この作品は、名探偵でありながらミステリ史上も…

プリーストリー氏の問題/A・B・コックス(晶文社)

「毒入りチョコレート事件」や「試行錯誤」というビンテージ級の作品を書いたアントニー・バークリーという作家が、その翻訳紹介数になるとわずかに片手で足りてしまうというかつてのお寒い状況を怪訝な思いで眺めていたファンは多いと思う。しかし、バーク…

災厄の紳士/D・M・ディヴァイン(創元推理文庫)

てっきり本格ミステリは死んだ、と思っていたあの時代に、こんな作品をバリバリ発表していたなんて、D・M・ディヴァインの『災厄の紳士』。まさに本格ミステリの救世主だったんだな、この作家。 主人公のネヴィルはヘボな恋愛詐欺師。大した儲けにならないに…

水時計/ジム・ケリー(創元推理文庫)

まさかドロシイ・セイヤーズの全長篇が日本語で読める日が来るなんて夢にも思っていなかった今から三十年前。古書店巡りに持ち歩く探求書リストのトップにあったのは、平井呈一訳の「ナイン・テイラーズ」だった。ずいぶんと必死に探したものだけど、結局二…

死の舞踏/ヘレン・マクロイ(論創社)

「暗い鏡の中で」で知られるヘレン・マクロイも、昔に較べれば随分と翻訳紹介が進んだ感があるけれど、しかしまだまだ気になる欠落は多い。今回、紹介の運びとなった『死の舞踏』もそのひとつで、本作はマクロイのデビュー作であるとともに、レギュラー探偵…

割れたひづめ/ヘレン・マクロイ(国書刊行会)

ヘレン・マクロイの『割れたひづめ』が出た。おなじみの精神分析学者のベイジル・ウィリングが登場する作品で、冒頭からなかなか強烈な謎を読者に叩きつけてくれる。その部屋で一夜を過ごしたものは、必ず悪魔に命を奪われる。そんな言い伝えのある屋敷に、…

幽霊の2/3/ヘレン・マクロイ(創元推理文庫)

テレビの某番組*1人気の後押しもあってか、まさかのリバイバルを果たしたヘレン・マクロイの『幽霊の2/3』。衆人環視のもとで変死を遂げた作家の死をめぐる作品で、レギュラー探偵の精神科医ベイジル・ウィリングも登場するし、ある有名なトリックが使わ…