愛書家の死/ジョン・ダニング(ハヤカワ文庫)

ジョン・ダニングの『愛書家の死』は、『死の蔵書』に幕をあけた元警官で古書店を経営するクリフォード・グリーンウェイのシリーズの数えて五作目にあたり、現時点での最新作である。
馬主としても有名だった富豪が遺した児童文学のコレクションから、何者かがこっそり盗みだした稀覯本を取り戻してほしい。そんな調査内容にクリフは興味を惹かれるが、故人の右腕だったという依頼人の態度がどうしても気に入らず、その仕事を断わってしまう。しかし、富豪の娘シャロンと打ち解けるうちに、すでに二十年前に他界している富豪の妻で、シャロンの母親であるキャンディスの死に不審な点があることを知る。問題のコレクションは、本好きだったキャンディスの遺産だったという。シャロンの頼みでキャンディスの死の真相を探ることになったクリフは、競馬の世界で生活する関係者たちに接近をはかるため、厩務員として競馬場に潜入する。
古書をめぐるさまざまなトリビアやペダントリーは、古書店主だった作者の自家薬籠中のものとして今回も文句なしに楽しいが、それに加えて競馬の世界にかつて身をおいていたという経歴が、本作ではフルに活かされている。競馬場の内部を克明に描くとともに、印象的なエピソードなども交えながら、競馬ミステリとしても堂々たる佇まいがある。その一方で、絶妙のパートナーシップを見せながらも、その仲に翳りが見える恋人エリンとの関係の変化も、シリーズの読者には見逃せないところだろう。最後には大胆不敵な仕掛けも見事に決まり、『死の蔵書』を別格としても、シリーズ屈指の傑作に仕上がっていると思う。
[ミステリマガジン2010年11月号]
(ブログ転載にあたっての追記)
本作の評価について、ある方から異論を頂戴した。確かに、シリーズの前作そして本作は、名作『死の蔵書』に較べて大味のそしりは免れないだろう。しかし、前作あたりから作者は肩の力の抜き方をおぼえたのではないかと思う。そういう意味で、ダニングは構えずともシリーズの読者に接することが出来るようになった。ミステリ史上に名を刻むような傑作しか読まない読者には、本作ではなく、『死の蔵書』を手にすることをお奨めする。しかし、このシリーズに愛着をおぼえる読者であれば期待は決して裏切らない作品である。

愛書家の死 (ハヤカワ・ミステリ文庫 タ 2-10)

愛書家の死 (ハヤカワ・ミステリ文庫 タ 2-10)