死角 オーバールック/マイクル・コナリー(講談社文庫)

上下巻でなかったり、邦題のつけ方が変わっていたりと、佇まいがいつもと異なるマイクル・コナリーの新作は、そもそも新聞小説という形式で書かれた作品のようだ。ウィークリー紙に合計十六回にわたって連載された事情や舞台裏については訳者あとがきに詳しいが、この『死角 オーバールック』は、いつものハリー・ボッシュのシリーズらしからぬ事件で幕を開ける。
深夜のマルホランド展望台で発見された射殺死体の男は、医学利用の核物質に近づくことのできる資格をもった人物だった。エコー・パーク事件後に殺人事件特捜班へ異動となったボッシュは現場へと向かうが、テロリストの関与が疑われることからやはり現場に駆けつけたFBI戦術諜報課の捜査官レイチェル・ウォリングと鉢合わせする。やがて、自宅の妻を人質にとられた被害者が放射性元素セシウムを盗み出していたことが判り、核物質がテロリストの手に渡った疑いが次第に強くなっていく中、FBIとロス市警の必死の捜査が始まる。
キズミンに替わる新たなパートナーとボッシュとの間で繰り返される行き違いは、本作の裏テーマともいうべきセクショナリズムの壁に否応なく読者の目を向かわせ、国家安全保安室の暴走やFBIとの確執など、いたるところで組織の愚行が浮き彫りにされていく。一方、謀略小説と思わせておきながら、最後に謎解きのホームグラウンドに引き込む手法はさすがコナリーで、シリーズ読者の期待は裏切られない。前作で気まずい別れを経験したばかりのボッシュとレイチェルが、時をおかずに再会する展開も、読み逃せないところだ。
[ミステリマガジン2011年3月号]