ベヴァリー・クラブ/ピーター・アントニイ(原書房)

劇作や映画の脚本で有名な双子、アンソニーとピーターのシェーファー兄弟には、二十代の若かりし頃に合作チームでミステリ小説に挑戦していた時代がある。期間も短く、長編もたった三作しか残ってないが、そのひとつ『衣裳戸棚の女』の妙に人を喰ったところが忘れ難く、他も読んでみたいと思ってきたところ、十三年ぶりに願いが叶った。そのピーター・アントニイ名義の『ベヴァリー・クラブ』(横山啓明訳/原書房二四○○円)は、前作のさらに上の行く大胆さで、またもや意表を突かれる。
判事の仕事を引退した老人が、夏の休暇で訪れたサセックスの館で殺されるが、犯人と目された男が濡れ衣を晴らし、自分は真相をつきとめたと公言する。しかし、それを明かさないまま不慮の事故で死んでしまうというちょっとオフビートな発端。元容疑者と同じクラブに籍をおく紳士たちが好奇心から探偵を雇って真相解明に乗り出すのだが、本作の中核をなす名探偵ヴェリティ氏の捜査は、本格ミステリの定石を踏まえた手堅いもので、黄金時代の風格を思わせる。しかし、そんな芳香の果てには、とんでもなく皮肉な真相が待ち受けるのでご用心。多重解決の面白さもあるが、思い切った着想の破壊力がなんとも愉快な作品だ。
本の雑誌2010年5月号]