螺鈿の四季/ロバート・ファン・ヒューリック(ハヤカワ・ミステリ)

戦後間もなく出た「迷路の殺人」を皮切りに、版元や訳者を替わり、形態を変えながら紹介されてきたロバート・ファン・ヒューリックのディー判事ものだが、シリーズに未紹介の虫食いがあるのと、絶版、品切れになるケースが多いので、読者を悩ませてきた。しかし、二○○一年に「真珠の首飾り」から始まったポケミス版はその轍を踏むことなく、この度めでたく長篇紹介のコンプリートへと漕ぎ着けた。その掉尾を飾る『螺鈿の四季』はシリーズ中期作だが、物語の時系列的には最初の事件「東方の黄金」に続く作品で、知事職に就き間もない判事が、出張の帰り道に立ち寄った威炳の町で事件に巻き込まれる。
激務からくる日々の疲れを癒そうと風光明媚な地で旅装をといた判事だが、彼を出迎えた県知事の落ち着かない様子から、彼が妻殺しで窮地に陥っていることを見抜く。その件は、やがて同じ町で起きていた絹商人の死をめぐる不可解な出来事と繋がっていく。お忍びの滞在で別名を名乗り、ちまたに潜入するお得意の捜査法で、判事は今回も複数の事件が絡み合う複雑な絵柄を丁寧に解き明かしていく。副官として大活躍する喬泰や、判事に手を貸す元軍人の孔山など、脇役たちのエピソードの充実も定石どおりとはいえ、ドラマチックな面白さに一役かっている。さらに終盤、判事の洞察で事件の構図が反転するスリルは、シリーズ中屈指のものと言っていいと思う。
本の雑誌2010年3月号]

螺鈿の四季〔ハヤカワ・ミステリ1832〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

螺鈿の四季〔ハヤカワ・ミステリ1832〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)