蝶の夢 乱神館記/水天一色(講談社)

英語圏のミステリが注目を集める昨今だが、われわれ日本の読者にとってまさに灯台下暗しなのは、東アジアのミステリ事情だろう。そんな近隣諸国にスポットをあてる島田荘司選の〈アジア本格リーグ〉だが、台湾、タイ、韓国ときて第四巻は中国からの登場となる『蝶の夢 乱神館記』。作者の水天一色は、弱冠二十代でミステリ雑誌の編集と作家という二足の草鞋を履きこなす才人とのこと。
舞台は、唐代中国の長安。幽霊にまつわる忌まわしい言い伝えの残る屋敷の井戸端で、玉蝶というその家の奥様が不可解な死を遂げる。その五日後、幼い息子の亦然が、陰陽道に通じ、降霊術を操る離春を乱神館に訪ね、亡き母親にもう一度会せてほしいと頼み込んだ。少年の健気さに心を動かされた女主人は、商売抜きで事件の起きた屋敷へと足を運び、悲嘆にくれる故人の夫や使用人らから事情を聞き、事件の複雑な背景を明らかにしながら、玉蝶の亡き魂を引き寄せる儀式の準備を進めていくが。
意外にもオカルト色は希薄、というか堂々たる謎解きが繰り広げられるのに、ちょっと嬉しい驚きを覚えた。奥行きのある謎が物語性を孕みながら、ドラマチックに過去のエピソードを掘り起こしていく展開は手ごたえ十分。中国舞台の歴史ものということから連想するファン・ヒューリックとの読み比べも楽しい。これからが楽しみな才能といっていいだろう。
[ミステリマガジン2010年2月号]

蝶の夢 乱神館記 アジア本格リーグ4

蝶の夢 乱神館記 アジア本格リーグ4