水時計/ジム・ケリー(創元推理文庫)

まさかドロシイ・セイヤーズの全長篇が日本語で読める日が来るなんて夢にも思っていなかった今から三十年前。古書店巡りに持ち歩く探求書リストのトップにあったのは、平井呈一訳の「ナイン・テイラーズ」だった。ずいぶんと必死に探したものだけど、結局二十年が経ち浅羽莢子訳が出るまで出会えなかった。二○○六年にCWA賞の図書館賞に輝いているジム・ケリーも大のセイヤーズ贔屓のようで、彼のデビュー作『水時計』は「ナイン・テイラーズ」からインスピレーションを得たと巻頭のエピグラフで述べている。
湿地帯が広がるイングランド東部のイーリーの町で、堤防を乗り越えて川に転落したと思われる車を、スケート遊びをしていた子どもたちが氷の下に発見した。引き上げられた車体の後部には、銃で撃たれ、首を折られた男の死体が押し込められていた。その翌日、今度は大聖堂の屋根の上で、白骨化した死体が見つかる。ゆえあってロンドンの名門新聞社を辞め、この田舎町に移ってきた新聞記者のドライデンは、ふたつの死体が無関係でない可能性に思い至り、ひとり調べを重ねていくが。
主人公が田舎町に転職してきたわけは、車ごと川に転落した事故で昏睡状態に陥った妻がこの町の病院に入院しているからなのだが、一年前のその事故と少年時代のトラウマ、さらに現在の事件が、水に対するいくつものオブセッションとなって互いに呼応しあうというアイデアが見事だ。さらに謎の解明と嵐の到来が呼応しあうように重なっていくクライマックスへ向けての緊張感あふれる展開が圧巻。主人公をとりまく脇役のキャラクターにも、活き活きとした個性が感じられ、シリーズの今後に興味をそそられる。
[ミステリマガジン2009年12月号]

水時計 (創元推理文庫)

水時計 (創元推理文庫)