天来の美酒/消えちゃった/アルフレッド・エドガー・コッパード(光文社新訳古典文庫)

体系的な紹介を期待するのではなく、何が出てくるか判らないびっくり箱的な興味で新刊を見守っている光文社の古典新訳文庫だが、そうか、これを出したか、と唸らされたのがアルフレッド・エドガー・コッパードの『天来の美酒/消えちゃった』だ。コッパードといえば、故平井呈一が編纂した『恐怖の愉しみ』や、創元推理文庫の『怪奇小説傑作集3』といった怪談系アンソロジーが思い出されることからもわかるように、幻想と怪奇や奇妙な味といったジャンル小説の網にも引っかかる作風だが、二十世紀前半に活躍したこの英国作家の本領は、大らかさと繊細さを併せもった捉えどころのなさにある。
この作品集編纂の意図もそのあたりに違いなく、有名な「消えちゃった」のシュールな展開などはむしろ例外的で、牧歌的かと思えば、切れ味鋭く人生の一断面を切り取ってみせたり。個々の作品では、アンソロジストの目にとまりそうなコッパード流クリスマスストーリーの「暦博士」やショートショートに近い「レイヴン牧師」も悪くないが、お奨めとしては登場人物の個性が際立つ「ソロモンの受難」、ファニーな魔法が笑える「ロッキーと差配人」、料理人の奇矯なふるまいが不気味な「おそろしい料理人」あたりを挙げておきたい。
[ミステリマガジン2010年3月号]

天来の美酒/消えちゃった (光文社古典新訳文庫)

天来の美酒/消えちゃった (光文社古典新訳文庫)