ブラッド・メリディアン/コーマック・マッカーシー(早川書房)

コーマック・マッカーシーは、言わずと知れた現代アメリカを代表する主流文学系作家のひとりで、『血と暴力の国』や『ザ・ロード』が話題となり、近年わが国読者の間でも急速に注目を集めている。前記の二作のほかにも、九十年代に発表された『すべての美しい馬』をはじめとする国境三部作の翻訳があるが、今回紹介された一九八五年の『ブラッド・メリディアン』は、〈ニューヨーク・タイムズ〉の識者アンケートで「この四半世紀(1981-2006)におけるベスト・アメリカン・ノベルズ」の一篇にも選ばれた注目の作品である。
十九世紀、西部開拓時代のアメリカ。生まれて間もなく母親と死に別れた主人公は、十四歳のとき、元国語教師で酒びたりの父親との暮らしに見切りをつけ、テネシーの故郷をあとにした。まともに読み書きも出来ない彼は、生来の暴力衝動を内に抱え、放浪の旅を続けるうちに、メキシコ国境近くの町で出会ったインディアン討伐隊に引き入れられる。しかし戦士とは名ばかりの無法者集団である一行は、旅の先々で非道の限りを尽くし、少年を数奇な運命へと導いていく。
序盤の数章は、先住民族と騎兵隊の誤った歴史解釈を正す修正主義的な実録小説かと思ったが、やがて吹き荒れる掠奪と暴力の嵐に愕然とする。ここに描かれている世界の荒涼は、絶対的な悪の前には善は存在しないも同然と言い切り、憚らないものがある。さらに、究極の悪漢ともいうべき判事と呼ばれる人物の放つ異彩もひときわで、そういう意味では悪漢小説の極北と呼ぶこともできるだろう。心理描写を極力排した区切りのない文章が描き出す渇ききった世界観も圧巻。まずは今年最初の衝撃作といっていいだろう。
[ミステリマガジン2010年3月号]

ブラッド・メリディアン

ブラッド・メリディアン