アナンシの血脈/ニール・ゲイマン(角川書店)

売れに売れた「ダ・ヴィンチ・コード」に続く柳の下のどじょうを狙ったわけでもないのだろうが、帯に刷られた?ニューヨーク・タイムズ・ベストセラー第一位獲得!?の惹句が賑々しい。おまけに、御大スティーヴン・キングに?熱烈に太鼓判!?とまで言われた日には、本好きにはスルーしろって方が難しい。ニール・ゲイマンの「アナンシの血脈」である。
アナンシとは、アフリカの神話に登場する天界と地上をつなぐ役割を負った蜘蛛のことで、いうなれば神のような存在である。主人公は、父の葬儀の席で近所のおせっかいな老女から、死んだ父親がそのアナンシの血族だったことを知らされる。父さんが神だった、ってだけでも仰天なのに、全く聞かされていなかった血を分けた双子の兄弟なる人物が彼の前に出現。男はスパイダーと名乗り、主人公の身辺にとんでもない波風を立て始める。
主人公は、ぱっとしない青年で、生前の父からもおちょくられっ放し。子どもの頃に父から呼ばれたファット・チャーリーという綽名を今も引き摺っている冴えない男である。ところが、スパイダーはその不器用なチャーリーを裏返したような人物で、彼にない行動力でチャーリーの仕事や恋愛にずかずかと踏み込んでは、彼を窮地に陥れていく。
しかし、それが偶然にも、一見順風満帆な人生の馬脚を暴いていくことにもなり、スパイダーの巻き起こしたトラブルによって、チャーリーが否応なく成長していく展開にポジティブな力がある。読者は、ページをめくるうちに、その物語世界へとぐいぐい引き込まれていくのだ。
作者のゲイマンは、映画「もののけ姫」の英語吹替版の脚本を書いたことで知られるが、ファンタジーやSF、アメコミの世界でも活躍するイギリス作家である。本作における平凡な青年が現実から異世界へ移動したり、魔女を思わせる老婆たちに翻弄されるという展開には、そんなゲイマンの奔放なイマジネーションが存分に発揮されているが、そもそものお話のベースにはテレビドラマやコメディ映画を彷彿とさせる親しみやすい物語性があって、リーダビリティという点では一般読者の好奇心もそらさない。SFやファンタジーが苦手な読者にも、本作を強くお奨めする所以である。
[週刊現代]

アナンシの血脈〈上〉

アナンシの血脈〈上〉

アナンシの血脈〈下〉

アナンシの血脈〈下〉